次世代モビリティの現在地点~株式会社リニアリティー~

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2025年には海外ホームエレベーター市場へ参入予定のLME現在地点

ロープや巻き上げ機といった機構を必要とせず、建築の常識を覆す技術として注目される「リニアモーターエレベーター」(LME)。リニアモーターが発生させる電磁力で宙に浮き、水平方向に動かすことも、一つのシャフトで複数のケージを動かすことも可能な、まさに革新的と言うべき新技術だ。

2022年8月の記事では、その開発を手掛ける株式会社リニアリティーの代表取締役であり、神戸情報大学院大学(KIC)の教授でもあるマルコン・シャンドル氏の取り組みを紹介した。今回は同社CMOの市川孝之氏にもご同席を頂き、2025年に販売予定としているLME開発の現状や、さらなる展開に向けたビジョンに迫る。

左:市川孝之CMO 右:マルコン・シャンドル代表取締役

前例なき技術でいかに認められるかが課題

マルコン氏:現在はトルコでホームエレベーターのデモ機を開発していますが、技術的には詰めに入っており、実験施設で稼働させています

商品化のめども立っており、カタールに本社を置くエレベーターメーカーから、京都の名山にちなんだ「atago」の名で2025年に販売予定だ。同年にドイツで開催される国際エレベーター展示会にも出品予定だという。

atagoのイメージ。自宅でLMEが使用できる日も近い。

マルコン氏:「atago」はLME普及の第一歩と位置付けています。ホームエレベーターについては安全基準が定められていない地域も多く、中東はその一つです。高級感やユニークさを求める富裕層が多い地域でもあり、高速・静音・低振動という高い性能にロープレスのインパクトを兼ね備えたLMEが注目される土壌があります。LMEが広く社会に普及するのはまだ先になりますが、まずは「atago」でその存在を知ってもらう計画です

日本での「atago」の発売は残念ながら未定だが、未来的とさえ言える技術が遠からずベールを脱ぐのは確実なようだ。その躍進に期待が掛かる。

オフィスビルや商業施設で使用される一般的なエレベーターは、各国の厳しい安全認証を受けている。LMEの普及にも公的なお墨付きは欠かせないが、新技術特有の難しさがあるとマルコン氏はいう。

マルコン氏:LMEのような新技術には、すでに成熟した技術とは異なり、それに携わる者でなければ評価が難しいという問題があります。誰も見たことのなかったLMEが認められるには、様々な関係者を巻き込んで大きな動きを起こす必要がありますが、関わる先は膨大で、一国、一地域の認証を取るだけでも大変な労力が掛かります。開発に注力している現状ではその余力がなく、まずはホームエレベーター市場で「atago」を普及させることに専念する考えです

これまで空想の中にしかなかったような新技術を世に認めさせるのは、それ自体が大事業だ。開発との両立がどれほど困難かは想像に難くない。

とは言え、マルコン氏の姿勢はあくまでポジティブだ。

マルコン氏:LMEは極めて安全な乗り物であり、ある程度まで普及すれば、社会のニーズは急速に高まるだろうと見込んでいます

と、確信を込めて語る。

マルコン氏:エレベーターは厳重な安全対策が施された乗り物で、既存のロープ式でも落下事故はまれですが、LMEはそもそも、ケージが危険な速度で「落ちる」ということがありません。これは外部から操作して止めるのではなく、リニアモーター自体の特性によるものです。電力が途切れればケージは下降を始めますが、その下降する動きで発電してブレーキが掛かり、ゆっくりと下降を続けます。つまり、完全に停電した状態でも、急激に落下することは決してない。これに既存の安全技術も加わりますので、LMEは何より安全な乗り物と言っても過言ではありません

有人の安全テストを積み重ね、トルコでも実用化間近

また、前回の記事で触れたように、既存エレベーターが建物の40%にも及ぶスペースを占有するのに対し、LMEが使用するスペースはその半分程度で、有効床面積を大幅に増やせる。パートナー企業の協力のもと、国内に実在するオフィスビルで試算した結果、初期コストは既存エレベーターの約2倍となる24億円に増加したが、ビルの生涯収入は400億円増加する結果が得られたという。

マルコン氏:技術開発は常に続いていますので、いずれは初期コストでも既存エレベーターと競争できるものになります。認証の問題は悩ましいですが、LMEは最高の安全性に加えて経済性も備えた技術です。一日でも早く社会に提供できるよう努力します

分野を超えて広がる可能性

リニアリティー社でCMOを務める市川氏は、一般エレベーター市場への参入に際しては、既存エレベーターとの置き換えが有望だと語る。

市川氏:これまでエレベーターは性能面での更新が難しい設備でした。ケージや巻き上げ機といった構成装置を新しくすることはできても、それで根本的な輸送力が高まるわけではない。一つのシャフトに一つのケージという制約は変わらないからです。ビルを建ててから輸送力不足が分かっても、解決策はシャフトを増やすしかなく、実質的にはどうしようもなかった。しかしLMEであれば、一つのシャフトで複数のケージを運転できるため、既存のシャフトの改修で輸送力を高められます。エレベーター渋滞に悩むビルは世界中にあり、特に10~20年前の建設ラッシュ期に一斉にビルが建った中国に多くあります。置き換えは新築で導入するより遥かにコストも低く、LME普及のカギになるだろうと考えています

およそビルの40%を占めるのがエレベーターと言われており、LMEにすることで省スペースにもなる。

LMEのコア技術の「L-DRIVE」。ここに周囲の各種コンポーネントを追加し、エレベータとして完成させる。

異分野との連携や、協業の可能性も広がりつつある。

マルコン氏:先方から依頼があり、2024年9月にアメリカのスペースエレベーター学会で当社の構想を発表しました

スペースエレベーターは地上と宇宙空間を繋ぐ長大なエレベーターで、ロケットよりも低リスクな宇宙への移動・輸送手段として期待されている技術だ。理論的には現行科学で実現可能とされ、技術コンテストや国際会議が定期的に開催されている。

マルコン氏:既存エレベーターの技術は使えないのですが、ケージのみで自走するLMEの技術なら応用できる可能性があります。発表への反響は大きく、盛んに質疑があり、当社にも実りのある場となりました

また、LMEと親和性が高く、マルコン氏が注目する技術がある。

マルコン氏:グラビティストレージです。高所にある物体は重力に変換された電力を蓄えていると考え、その物体を下降させることを起点として発電を行う技術です。様々な形態がありますが、近年、エレベーターがその手段として注目されています。エレベーターを高層階に上げておけば、それだけで蓄電している状態になります。LMEはリニアモーター自体が下降時に発電する特性を持っており、グラビティストレージと非常に親和性が高い。例えば、深夜はオフィス街のLMEをすべて高層階に上げておき、非常時や災害時の電源として備えておくことが考えられます

近い将来、地球と宇宙をつなぐエレベーターの登場も現実となるかもしれない

エレベーターの枠を超え、目指すのは社会のインフラ化

様々な可能性を秘めたLMEの技術。マルコン氏は前回の記事 、目指すものはエレベーターの枠を超えた「リニアモーターモビリティ」(LMM)であると語った。市場への登場が秒読みとなった現在、さらに進化したそのビジョンを聞いた。

マルコン氏:エレベーターは誰にでも利用できる乗り物です。安全性が高いだけでなく、運転技術も免許も不要で、ボタンを押せば目的地にたどり着けます。当社は既存エレベーターを超える安全性と、格段に自由な移動を実現するLMEの技術をもって、万人のための移動手段、すなわちモビリティを提供したい。例えば、地下鉄のホームから少し離れた病院のロビーまでLMEを繋げ、患者さんが階段を使うことなく安全に移動できるようにする。我々がLMMと呼んでいるのは、一例としてはそのようなことです

コイルが並び、それに沿って走る磁石がケージを運ぶ。LMMは直線でも、曲線でもケージが走行する。

市川氏:手始めとしてはマルコンが言ったような「ラストワンマイル」を担う形ですが、LMEが広く普及するころには、より大きな規模で交通に関われるかも知れません。例えば、都市にシャフトを張り巡らせて、最も近くにあるケージをタクシーのように呼び出し、自宅とオフィスをダイレクトに行き来できるような形です。当社はAI群管理によるケージの運行管理技術も持っており、技術的な下地は既にあります。さらに普及が進めば、いずれは車道をシャフトに置き換えて、クルマに代わるモビリティにすることも可能かも知れません。現在、日本を含む世界各国で交通と物流の分離が研究されていますが、その目的は交通事故の減少や物流の効率化です。最も安全にヒトを運べるLMEは、非常に優れたモノの輸送手段にもなります。地上には交通網として、地下には物流網としてシャフトが張り巡らされ、ヒトとモノが安全に効率的に行き交う。そんな未来も考えられます

マルコン氏:我々が最初にチャレンジしたのはエレベーター、つまり、最も難しい「ヒトを乗せた垂直方向の移動」です。それに比べれば、水平方向にモノを運ぶことは極めて容易です

市川氏:モノの自動輸送に取り組んでいる事業者は多いですが、LMEの技術を使えるのは、当社だけの大きなアドバンテージです。加えて当社には、メイドインジャパンの信頼性という強みもあります

マルコン氏:ゆくゆくは、LMMが生活を変え、水道やガスと同じインフラの一つになる。これは我々のビジョンであり、同時にミッションでもあります

未来に貢献する仕事を若い力と共に

いずれは世界に広がるだろう同社の技術。その若き担い手も集いつつある。

マルコン氏:トルコ出身で、修士号取得のためにKICで学んでいるバトゥハンという学生がいます。彼は2025年に当社に入社予定です。AIを利用して機械を常に監視し、振動や発熱の異変、小さな破損などを検出して、大きな故障を未然に防ぐ「予防保守」を研究しています。無数のリニアモーターを備え、既存のエレベーターより遥かに複雑な構造を持つLMEには、予防保守は無くてはならない技術です。熱意があって能力も高い彼が、掛け替えのない新たな仲間になってくれることを期待しています

KICの授業で発表を行うバトゥハン氏

市川氏:彼は当社のパートナー企業での勤務経験もある人物です。日本語を学んで来日し、企業勤務、修士課程とキャリアを積んでおり、とにかく好奇心と実行力が高い。サントリー株式会社の創業者である鳥井信治郎氏は社員を「やってみなはれ」の言葉で鼓舞したと言いますが、彼はそう言われずともやってみるような、チャレンジ精神に溢れた人物です

マルコン氏:現在は時間の制約で日本人学生とは交流できていないのですが、国内出身、国外出身を問わず、彼のような熱意ある人物を求めています。未来に貢献しようという志を持った若者を、当社は歓迎します

学生が制作したLMEの模型。アーチ状の模型の上を実際に動く様子が分かる。

日本にLMEが登場するのはまだ先のことになりそうだが、国内での同社の活動は徐々に活発化している。

2024年の予定としては、10/15~10/18に幕張メッセで開催されるジャパンモビリティショーへの出展がある。主催者からの招待を受けてのもので、神戸情報大学院大学の学生が制作した模型を出展する。

EXPO 2025大阪・関西万博への出展も目指している。世界の重要課題を解決するプロジェクトの情報を発信する「ベストプラクティス」プログラムに応募しており、11月には結果が判明するとのことだ。

マルコン氏:いずれLMMは日常の一部になり、「エレベーター」という言葉は過去のものになるでしょう

社会の姿まで変えうる同社の技術を、今後も追っていきたい。

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