未来都市の新たな可能性を創り出す、次世代モビリティをめざして。

Innovator

リニアモーター・エレベーターが描き出す未来

(上記パースの名称「スカイ∩アーク」©片桐 岳/㈱未来加速研究所/CEO)

紀元前3世紀の古代ローマ時代に生まれ、19世紀の産業革命を経て劇的な技術の進化を遂げたエレベーター。1853年のニューヨーク万国博覧会にて、米国の発明家エリシャ・オーチスが世界初となる落下防止装置を備えた実用的なエレベーターを発表すると、それまで困難と言われていた建築の高層化が一気に加速。以来、エレベーターは都市インフラを支える、なくてはならない技術のひとつとなり、超高層ビル群が建ち並ぶ現代の都市空間を創りあげていった。

そんな技術開発の歴史のなかに、今、新たなエポックメイキングが生まれようとしている。それが、リニアモーターによる次世代エレベーターの登場だ。神戸情報大学院大学の教員であるマルコン・シャンドル教授も、リニアモーター・エレベーター開発に第一戦で携わる研究者の一人。2017年には自らの会社を立ち上げ、CEOとしての活動も本格稼働させているマルコン教授がつくる、他とは圧倒的に一線を画す独自の設計思想と技術開発とは何か。そして、描き出す未来はどんな姿なのか、これまでの歩みと研究への想いを語っていただいた。

今、リニアモーター・エレベーターが注目を集める理由

大型のオフィスビルや商業施設、あるいはマンションなど、高層の建築物の移動手段として欠かすことのできないエレベーター。毎日、世界のさまざまな場所で何万人という人々が利用しながらも事故はほとんどなく、極めて安全な“乗り物”として認知され、人々の生活を支えています。

しかしその一方で、エレベーターには課題があります。ビルやマンションで使用されるエレベーターの多くは「ロープ式」と呼ばれるもので、人が乗る「かご」とバランスを取る「つり合いおもり」をロープでつなぎ、巻上機によって昇降させる仕組みになっています。

その構造上、エレベーターの昇降路となる垂直の空洞(エレベーターシャフト)が必要で、一台のエレベーターに対し1つの昇降路を設置しなければなりません。それはいわば、高速道路をつくって、そこに一台の車を往復させるようなもので、非常にスペース効率が悪い状況を生み出しています。しかも、超高層になるほど、スムーズで効率的な移動を確保するために、低層階、中層階、高層階とグループに分け、それぞれの昇降路をつくらなければならず、建物内部におけるそれらの占有率は、実に40%以上。現在のビル建築は、まさにエレベーターによって大きく制約を受けていると言っても過言でありませんでした。

その課題を根本から解決するのが、ロープを必要としない自走式のリニアモーター・エレベーターです。実は、リニアモーター・エレベーターの開発は今に始まったことではなく、100年以上も前のはるか昔から進められてきたテーマなのです。長い年月、誰もが実現することができなかった研究に、ここにきてようやくブレイクスルーが起こり、メーカー各社の開発競争も激化しています。従来とは異なり、軌道や制御の自由度が飛躍的に拡張するリニアモーター・エレベーターは、次世代のエレベーターとして、今、世界が注目しているのです。

【リニアモーター・エレベーターによって、建物はこう変わる】

不可能だった建築を可能とする

無駄なスペースを無くす

ラストマイル

研究への道を大きく切り開いた、建築家・高松伸氏との出会い

そんなリニアモーター・エレベーターの研究に私自身が興味を抱いたのは、日本のエレベーター・エスカレーターの専門メーカー、フジテック株式会社に勤務していた頃です。母国ハンガリーから博士号を取得するために京都大学に留学し、縁あって日本で結婚・就職をすることに。研究室の紹介で入社したのがフジテックでした。

京都大学研究室所属時代のマルコン教授

京大では有限要素を使った電磁界解析を研究していたので、フジテックではモーターの制御技術に関わる業務を担当。次第にパソコンを使ってエレベーター群を管理するための制御アルゴリズムの開発を手掛けるようになり、この時、ニューラルネットを使った世界初の学習型エレベーター群管理システムの開発・商品化に成功しました。その研究のなかで気づいたのが、先ほども述べた従来型エレベーターのスペース効率の悪さだったのです。

建物内部の約40%を占める空間を、リニアモーターであれば50〜60%程度減らすことができます。私の試算では、その節約したスペースで得られる追加収入は、建物の生涯を通して約400億円。もう一棟新たにビルを建築できるほどの経済効果です。知れば知るほどリニアモーター・エレベーターへの興味が湧き上がり、会社の業務の傍ら、細々ながら自分自身のテーマとして密かに研究を続けていたのです。

出会いでした。高松先生は、「キリンプラザ大阪」や「植田正治写真美術館」など、ランドマークとして存在感を放つ建築物を数多く手掛ける高名な建築家ですが、エレベーターでの私の実績を聞きつけてくださったのか、ある日、大阪カジノ構想に向けた施設案「リングダム」のパース図を手に、私を訪ねてフジテックに飛び込んで来られたのです。

「リングダム」©一級建築設計事務所 株式会社高松伸建築設計事務所/代表

空中に大きな輪を描くような、高さ300mの巨大な楕円リングと地下の球体から成る「リングダム」の独創的な姿は、まるで未来都市を見るようでした。そして、「この建物のためのエレベーターをつくって欲しい」と一言。それは、建築家からエレベーターエンジニアへの、いわば挑戦状です。この依頼を契機にフジテック社内で正式なプロジェクトとして立ち上がり、本格的なリニアモーター・エレベーター研究をスタートさせたのです。

人々からのポジティブな反応、それが自信になり背中を押す力となる

プロジェクトのパートナーは、京都大学研究室時代の仲間であり、トルコ国サバンジ大学准教授のアーメト・オナト氏。その後、より自由な状態で研究に専念するためにフジテックを退社し、KICで教職に就きながらアーメト・オナト氏との共同研究を進めていきました。

多くの時間を費やし、順調に研究成果を重ねていく日々でしたが、私のなかには一つの興味がありました。それは、「この技術を一般の人々が、どう思うだろうか」ということです。

ロープがなく磁力によって浮いているエレベーターに、人は安心して乗ってくれるだろうか?社会に必要な技術として受け入れてくれるだろうか?――それまで技術中心で研究を行ってきましたが、世の中に発信していくためには技術だけなくビジネスの視点も重要ですし、何より社会から求められるということが必要不可欠です。どんなに優れた技術であっても、“イコール社会に認められる良い技術”とは、必ずしもならないからです。

そんななか、KICのスタッフを通じて「TEDxKobe(テデックス神戸)」の登壇の話をいただいた時は、社会の反応を知る大きなチャンスだと思いましたね。「TEDxKobe」は、技術・エンターテインメント・デザインなど、神戸から新たな価値を世界に向けて発信するプレゼンテーションの場で、私はそこで、未来の都市創造を可能にするリニアモーター・エレベーターについて語りました。「ロープがなくて磁力によって浮いているだけだけど、皆さんは乗ってくれますか?」と(笑)。その時の反応は予想以上にポジティブなもので、実用化への大きな弾みになったのは事実です。

ずっと知りたかった世の中からの反応にも大きな手応えを得た私たちは、2017年、株式会社リニアリティを設立しました。

「エレベーター」を超えた、未来の都市機能を創る「モビリティ」

リニアモーター・エレベーターの開発は世界の各社で行われていますが、私たちの技術が他と一線を画す最も異なる点が、ビジネスモデルの違いです。多くのメーカーがリニアモーターによるエレベーターをつくっているのに対し、私たちがつくりあげているのはエレベーターをつくるための基礎技術。他と競合するものではなく、むしろビジネスパートナーとして新たな価値提供を目指しているのです。また、リニアモーター、シャフトなどすべての技術要素をオリジナル開発することで、さまざまな応用に対する柔軟な対応力と優れたコストパフォーマンスを実現。これまでのあらゆる制約を取り払い、自由自在な建築設計を可能にする、画期的なリニアモーター・エレベーターです。

ですから、スタートこそエレベーターの研究でしたが、今、私たちが創造しようとしているものは、もはやエレベーターではありません。高松先生の「リングダム」のようなまったく新しいデザインをカタチにできるのはもちろん、建物内にとどまらずさまざまな場所にアクセスすることで、より広範囲でスムーズなモビリティの構築も実現します。たとえば妊婦の方が安心して病院に通えるように、小さなお子さんや高齢者の方が動きにくい階段を使わずにすむように、住居、医療機関、学校、オフィス、交通機関をスムーズに結ぶ次世代のニューモビリティ“LMM(リニアモーター・モビリティ)”。それこそが、私たちが追求する技術であり、未来の姿なのです。

優れたモノづくり文化を、日本から世界へ

現在、京都大学研究室の協力のもと、宇治キャンパス内の実験施設で高さ3mほどのシャフトと、カゴの側面部の一部から成る試作機をつくっていますが、今年の夏頃にはさらに大規模な実験装置を建設予定です。さらに、特許を取得している学習型エレベーター群管理システムや、空中映像研究の成果も合わせ、今後、実際のビジネスの場に向けて他にはない当社独自の価値を発信していくつもりです。

KICの私の研究室にはLMMに関する一枚のポスターを貼っているのですが、興味を持ってくれる学生もいて嬉しくなりますね。かつて、私がハンガリーから学びに来たように、日本には素晴らしいモノづくりの文化があります。昨今、AIやブロックチェーンなどソフトウェアに注目がいきがちですが、技術の進化にはハードウェアであるモノづくりも重要なファクターです。長年、日本が世界に誇ってきたモノづくりの文化が廃れてしまわないように、若い世代と一緒に新しい価値を追求し、形にしていけたら楽しいですね。

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