日本初開催 国連会議「IGF(インターネット・ガバナンス・フォーラム)」~生成AIが開発途上国に与える影響~

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インターネット政策の分野で最も重要な会議が日本で初めて開催

今や私たちの生活になくてはならない存在となっているインターネットだが、世界中で誰もが使えるようにしていくには、使用する技術の規定からドメインの管理まで、共通した運用ルールを取り決める必要がある。

そうしたルールについて話し合う国際会議はいくつかあるが、その一つである「IGF(インターネット・ガバナンス・フォーラム)」は、インターネットに関するあらゆる課題について考える国連主催の国際会議として2006年から毎年開催されている。運営は世界各国で順番に担当しているが、第18回目を迎えた今回は日本が初めて開催国に選ばれ、2023年10月8日から12日にかけて国立京都国際会館を会場にて会議が行われた。

日本で初となるIGFが国立京都国際会館で開催された。

世界178カ国から現地とオンラインをあわせて1万人近い参加者が集まった今回は、全体テーマとして「Internet We Want – Empowering All People -(私たちの望むインターネット-あらゆる人を後押しするためのインターネット-)が掲げられ、多様なステークホルダーが主催する355のセッションが開催された。

(提供:IGF 2023)

プログラムでは国連の関係者や国の代表者、インターネット運営に関わる様々な組織の代表者が登壇する大きな議論が行われたが、それ以外にも参加者がテーマを提案して議論を行う主催するものも少なくない。全体で8つのサブテーマがあり、国連主催ということで技術に関するものだけでなく、人権や自由、デジタルデバイドといった課題も含まれている。

IGF 2023で取り上げられた8つのサブテーマ
1. AI・先端技術
2. インターネットの分断回避
3. サイバーセキュリティ、サイバー犯罪、オンラインの安全性
4. データガバナンス・トラスト
5. デジタルデバイド・包摂性
6. グローバルデジタルガバナンス・協力
7. 人権および自由
8. 持続可能性・環境

教育分野を専門とする孫一准教授(手前・後ろ姿)

神戸情報大学院大学(KIC)からは孫一准教授が「新たなテクノロジーでオンライン上の子どもたちを守る」というテーマでUNICEF China主催のオープンフォーラムにスピーカーとして参加、オンライン上で子どもが遭遇する様々な形態の安全問題を予防し、対応するために、新しいテクノロジーをいかに活用するか、議論を行った。

中央が山中氏

また、KIC特任教授であり独立行政法人国際協力機構(JICA)国際協力専門員の山中敦之氏は「発展途上国の開発に寄与する、信頼できるデータ流通構築に向けての課題と機会」のセッションで、国際的なデータ流通市場に途上国が参入する事により、データ流通/データ利活用を主軸とした社会・経済発展の実現を目指す議論(DFFT for Development)を行っていた。

あらゆるテーマに関する議論の中でも特に関心を集めていたのが昨年末から急速に世界で使用が広がるAIの利用に関する課題を取り上げた議論であった。そうしたセッションの一つをKICが日本政府の依頼で主催することなり、内藤智之副学長が同セッションの企画を含め、当日のチェアマンとしてセッションモデレータを務める形で行われた。セッションは「Impact of the Rise of Generative AI on Developing Countries(生成AIの台頭が開発途上国に与える影響)」。生成AIが発展途上国におけるデジタル経済に与える影響と、生成AIの様々な側面からの可能性を検討するため、専門家の意見を求め、これらの視点をタウンホール形式で参加者とも共有し、多様な人々から見解を求めることで、生成AIの未来の可能性に向き合っていくことを目的としている。まさに様々なバックグラウンドを持つ教職員や学生が世界中から集うKICだからこそ企画できたセッションだ。

本セッションのレポートを通して、読者にはぜひ生成AIの様々な可能性を模索してほしい。

セッション~生成AIが開発途上国に与える影響~

生成AIが与える開発途上国への影響をテーマにセッションが行われた。左から内藤氏、Salih Ali氏、Nkusi氏、Natarajan氏、山中氏

今回のセッションでは大きく2つの課題について話し合われた。1つは、ChatGPTに代表される生成AIは開発途上国の経済的、社会的発展にとって良いことだと思われるかということについて。もう1つは、今年5月に広島で開催されたG7サミットで、政府の介入とルールづくりの必要性について正式な議論が開始されたが、先進国主体での議論にならないよう開発途上国としてはどうしていくべきかといった議題が内藤氏より提案され、それぞれ活発な意見が交わされた。

はじめにパネリストたちが、生成AIに対するそれぞれの考え方を次のように述べた。

KICを2023年9月に修了し、併せてスーダン中央銀行でシニアビジネスインテリジェンスエンジニアなどの役職にあるSafa Khalid Salih Ali 氏は、「全てを肯定するわけではないが、銀行にとって生成AIを使うことは有益で、作業時間の短縮はもちろん分析や予測ツールを活用すれば経済発展の促進にもつながる。」と述べる。

ルワンダのソフトウェア会社Aurasoftの創立者でCEOのRobert Ford Nkusi氏は、国連のもとでルワンダ政府を支援し、モバイル金融サービスの開発にも関わっている。「AIの予測可能性は特に世界経済を助けるかもしれないが、その背後には疑問に思うことがたくさんある。生成AIはそれが機能する仕組みは何が良く、何が良くないのかという岐路に立たされていると感じる。」と話す。

インドで社会とテクノロジーに関わる問題に取り組むAapti Instituteの創設者であるSarayu Natarajan氏は、「生成AIの問題はデジタルシステムの世界的なデータとガバナンス、さらには持続可能性、資金調達といった幅広い問題に関わるものだ。」と指摘する。

山中敦之氏は、「AIは多くの人たちにとってチャンスを与えるものではある一方で、デジタルリテラシーという高い障壁があり、自身にとっても大きな課題と考えてきたものだ。」と述べた。

生成AIは開発途上国の労働によって構築されている

セッションでは生成AIが現在、発展途上国でどのようなものとして使われているのかが紹介された。その内容はショッキングで、生成AIは誤情報や偽情報を簡単に作れることから、北マケドニアにはそれをビジネスにする村が存在するという。

紹介した山中氏は「AIを一概に良いか悪いか判断するのは難しいが、新しいビジネスになることもあれば、インターネットの信頼性を損なう大きな脅威になりうる可能性もあり、その両面を知っておく必要があるのではないか。」と話す。

同様の問題についてはNatarajan氏も、「生成AIに使用される大規模言語モデルを構築するために使われるテキストや音声、画像、動画などあらゆる形態のデータを、タグやメタデータと呼ばれる情報を付けていくアノテーションと呼ばれる工程は、多くの地域でビジネスとして行われている。」と指摘し、そこでは性別や人種などに関するデータも構造化されているため、それがAIの偏見につながっている可能性もあるという。「AIはフェイクニュースを容易に生成でき、不正も簡単にできる。生成AIとうまく付き合い、有意義なデジタルライフによる未来を実現するには、そうしたAIの仕組みを知り、どのように管理できるのかを議論する必要があるだろう。」とコメントに、生成AIビジネスのニーズの高さと、だからこそ管理体制の必要性を感じた。

「14億の人口を抱えるインドでは雇用をめぐる課題は非常に大きい。その大部分はITサービスの提供に依存しているが、生成AIの登場で雇用機会を失う可能性があることから、その活用については慎重に考えなければならない」とNatarajan氏は続ける。

内藤氏曰く、国連の専門機関の一つであるILO(国際労働機関)でも生成AIが労働に与える影響について調査が行われ、8月に調査結果が公開(*1)されていることを紹介した。そこでは生成AIによる仕事の自動化は主に事務職が対象であるため、比較的高所得の国でさらに女性の方が受ける影響は大きいと報告されているとのこと。

*1: Generative AI and Jobs: A global analysis of potential effects on job quantity and quality
https://www.ilo.org/global/publications/working-papers/WCMS_890761/lang–en/index.htm

山中氏は「生成AIはいろいろな雇用に影響を与えると考えられ、米国脚本家組合は実際にストライキ活動を起こしたが、それは19世紀初頭に産業革命が始まったイギリスであった機械を打ち壊すラッダイト運動になりかねない。そうならないためにも新たな労働が生まれるビジネスモデルや再教育(リスキリング)の機会を提供することが必要だ。」と述べたが、生成AIのポテンシャルが大きいだけに、生成AIと雇用の関係性の議論は今後も優先事項だと感じる。

ガイドライン作成に参加する機会を設けることの重要性

セッションの後半は世界で始まったAIの基本ガイドラインを作成する動きに対し、発展途上国や新興国がどう参加するべきかが議論された。

Nkusi氏は「私が何年も前にコンピュータサイエンスの授業を受けた時は、人間がコードを書く責任をいずれは他の何かが担うようになるが、それが快適な世界を作り出すとは限らないいつも考えていたし、今では誰もが考えていることだ。」とし、「生成AIに関する法的規制の枠組みについての議論はG7のメンバーである必要はないと思うし、議論するのであれば彼らは開発途上国で何があるのかを確認すべきではないか。」と述べる。

山中氏も「AI規制を設けるのであれば、開発途上国が意見を述べる機会を持つ、IGFのようなマルチステークホルダーアプローチが重要になるだろう。」とコメントした。

Salih Ali氏は「開発途上国の多くはまだ生成AIについて知らず、ガイドラインではそこで扱われるデータのプライパシーについても考える必要があるのではないか。」と指摘する。また、そのガイドラインでは社会経済に与える影響やインフラとしてどう使えるようにするのかも考慮される必要があり、「開発途上国を単純労働から開放して、生産性の高い仕事につなげるような方法も考えていくことが重要だろう。」と述べた。

さらにNkusi氏は、AIから子供たちから守ることも考える必要があると提案する。「ChatGPTのように的確な回答を返すAIは、ML(機械学習)で訓練されているだけだが、そうしたコンテンツを消費することに子供たちは振り回されている。そうしたデジタル技術は必要以上に早くやってきたものではないかと疑問を持つことも必要ではないか」と話す。

会場やオンラインには多くの参加者が本セッションに興味深く耳を傾けていたが、「ガイドラインを考える場合は、それを使用する背景として政治体制や地域性も考慮する必要があるではないか」といった意見もあり、その国固有の背景が生成AIに利用方針に多大なる影響を与えることを心配する声も聞かれた。長く独裁政権が続いてきたウガンダや国内の統制にAIを活用している中国などの例が示されつつ、国によってガイドラインの基準は変わり、だからこそ議論が必要であり、そこでは社会を管理するものではなくより良いものにしていくことを考えていくべきであるとパネリストは答えた。

前述されたILO(国際労働機関)のワーキングペーパーをはじめ、このように生成AIの影響力は、国固有の背景に大きく依存することは間違いない。特にこれからの未来は、情報通信技術を使える人と、使えない人との間に生じる格差、いわゆるデジタル・デバイドの拡大を避けるため、それぞれの国が生成AIを適切に取り扱っていく必要がある。来年のIGFでは本セッションで話し合われたことが重要な議題の一つとして取り上げられ、さらに多くの意見をもとに議論が進められ、適切なガイドラインを基に生成AIがより良い世界の発展のために寄与していくことを期待したい。

関連URL
https://www.soumu.go.jp/igfkyoto2023/
https://www.intgovforum.org/en

本セッションの内容はYouTubeにて公開されている。
https://www.youtube.com/watch?v=D4orwdRCOTM

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