東アフリカ内陸国、ルワンダ共和国。日本から距離にして1万キロ以上も離れた異国の地の首都・キガリで、地域の女性や子どもたちのために邁進している日本人女性がいる。
彼女の名は、山田美緒(やまだ みお)さん。2016年に家族5人で移住し、現在は「地域のお母さんが笑顔で暮らせるように」をコンセプトに「KISEKI ltd」を経営。雇用創出や生活向上など、現地における数々の社会課題の解決に向けてパワフルに突き進んでいる。その勢いは日本で暮らす日本人をも巻き込み、参加者の関心や希望に応じて活動内容をカスタマイズできるというボランティアインターンは、今やアフリカで一番日本人に選ばれているプログラムだという。
山田さんのように何らかの課題解決をしようと起業を目指す人は、神戸情報大学院大学(KIC)にも多く在籍している。在学生のMao(ペンネーム)さんもその一人で、彼女が現在着目しているのは発がん性のある食品添加物。独自に開発した添加物チェッカーのアプリケーションをきっかけに、食の課題に立ち向かう道の最中だ。
ストーリーや経歴は違えども、課題解決という同じ共通項を持つ二人。この記事では、いくつもの困難な現実を打破してきた先輩でもある山田さんのストーリーを紹介し、後半では二人が対談しながらMaoさんが抱えるビジネスモデルの壁を乗り越えるためのヒントを見つけていく。
(写真左)Maoさん (写真右)山田美緒さん
山田:地域のお母さんたちの雇用はもちろん、子どもたちに教育・栄養・愛を注いで彼らが安心して暮らせる社会を作ろうとしています。具体的には子ども食堂、託児所、妊産婦ケアセンター、ICT教室、職業訓練所の運営などです。また、妊娠中から2歳の誕生日を迎えるまでの非常にクリティカルな1000日間に、集中的に栄養と教育を与えてケアしていく『The First 1000 Days』という事業もやっています。
山田さんの活動は非常に多岐にわたるが、はじまりは移住当初に高級住宅街でオープンした日本食レストラン「KISEKI」だった。当初は「人が集うような場所になればいい」と現地のシングルマザーを雇用しビジネスを始めたが、次第にこの地域に蔓延っていた明らかな不平等に違和感を覚えるようになったという。
「KISEKI」看板の前で
山田:スタッフの子どもや隣人さえもごはんが満足に食べられていないほど貧しい人がすぐそばにいる一方で、レストランに来るお客さんは食事を残したり、時に文句を言ってきたり。同じ地域にこんな不平等があるなんておかしいと思いました。レストランという形じゃなくても、もっと私にできることがあるはず。そこから今のビジネスモデルに行き着きました。
その間に経験したコロナによるロックダウンが、大きなターニングポイントとなる。ロックダウンに踏み切ったルワンダでは撤退する企業も後を絶たず、山田さんのレストランも休業を余儀なくされた。シングルマザーたちは、生活の基盤を失った。
山田:従業員に約束しました。絶対に誰も解雇しないし、どんな状況でも給料を払い続ける。むしろ支援はどんどん増やしていく。
その約束を守るため、家賃や維持費のかかるレストランを閉める大きな決断をした。大きな資金源であったボランティアインターンも絶たれたが、代わりに現地に来なくても続けられるビジネスとしてZoomを使ったテレワークビジネスを立ち上げた。
学生ボランティアインターンも様々な形でプロジェクトに関わる
そこから少しずつキセキの輪は広がり、現在の形へ。興味のある分野で自由に活動してもらうボランティアインターンも活発で、キセキの“女将”として学生に手を差し伸べることも多い。
山田:とにかく何かやってみたいという思いだけで来る子もいて、社会課題は山ほどある中、限られた時間で自分に何ができるのか?を一緒に考えたりもします。私は小さな頃からガキ大将というか、何かしらリーダー的なポジションでおせっかいを焼くことが多くて。『こんなことができるんじゃない?』と提案するのは本当に大好きですね。
昨年秋には元在日大使や区長、村長、地域住民やメディアを招いたお披露目会も。さまざまな困難を経てレストランから形を変えた“新・キセキ”は、大きく育っていった。
お披露目会の様子
山田:コロナという未曾有の状況下は大変だった一方で、何ができるのだろう? と徹底的に考えることができた楽しい経験でもありました。内部犯行で現金や貴重品が盗まれたりというのは日常茶飯事ではありましたが、とても信頼していたスタッフにお金を騙し取られたという裏切り行為がこれまでで一番辛かった出来事ですね。
山田さんがぶつかった壁とは、逆らうことのできないコロナではなく、身近な人との信頼関係の亀裂だった。
山田:でも、『どれだけ裏切られても、何かを取られても、私はめげずにルワンダのみんなに与え続けるぞ』という気持ちは信念として心に強くありました。なので、ブレることはありませんでしたね。海外では、文化も違えば価値観も違います。毎日トラブルが起こるのが当たり前。それぐらい強い心を持っていないと続けられないかなと思います。キセキの持てる力ってすごく限定的なんです。参加者の皆さんと関わったり、外部の大学などの専門家と一緒に活動していけばいくほど人とつながって、実績も信頼もついてきました。つまり、技術や知識の面ではいくらでも人の力を借りられる。だからこそ、いかにブレない信念を持って地域にエネルギーを注ぎ続けられるかというところを大事にしています。
何を奪われても、ルワンダの地域や人に、惜しみなく愛を与え続ける。そんな不屈の精神こそが山田さんが壁を乗り越える力の源だった。
さて、ここからは、KIC在学生のMaoさんが山田さんに話を伺っていく。前職でオーガニックの食品会社に勤めていたというMaoさんが注目する「食品添加物」をキーワードに、課題解決に向けたアクションの糸口を探していった。
Mao:私はKICで学びながら、商品のラベルを読み取ることで発がん性のある食品添加物がチェックできるというアプリケーションの開発をしました。添加物の摂取を少しでもおさえてもらいたいというのが願いなのですが、企業側からするとあまり嬉しくないかもしれません。どういう風にビジネスにしていけばいいか悩んでいます。
Maoさんが研究するアプリ「ミエルカテンカブツ」
山田:「世界を絞る」っていうことが大切なのかなと思います。うちの会社のビジョンは、「地域のお母さんが笑顔で暮らせる社会を作る」なのですが、世界をものすごく絞っているんですよね。世界の全員を変えるということは絶対に不可能。だから、「自分が今どこに立っていて、どこの人に向けてアプローチしたいのか?」という的を狭めていくことが重要だと思うんです。
Mao:確かに、漠然とした大きな世界しか見えていなかったかもしれません。
山田:私も自然派なので、添加物はとても気にしているんです。うちに来てくれる学生はいつもお菓子を食べていて、体がだるいと言います。だから“添加物お説教”をするんですけど(笑)、そうすると2、3割の子は「添加物のせいなの?どういうこと?」と知りたがります。みんな、ただ知らないだけなんですよね。そしてその層は、潜在的には学びたい・知りたいという人でもあります。そういったゾーンの人たちを探して、一緒に世界を作っていくことが重要なんじゃないかな。宇埜さんの場合、アプリは企業にとってはもしかすると迷惑かもしれないけれど、自然に対する意識が強い人が多いような村や、「自然」「オーガニック」というキーワードで頑張っている自治体などでは喜ばれるかもしれません。村長さんレベルだと、一気に世界を絞れますよね? 「ちょっと村長、私と一緒にやりましょうよ」と口説けたら、「じゃあ村をあげて応援しよう!」なんて、村単位で一緒に活動できるかもしれません。自治体なら予算を使って、大きなお金を動かせるかもしれません。
Mao:すごく参考になります。今まで考えたことのない視点でした。
Mao:ちなみに潜在層をあぶり出すために、山田さんならまずどういったアクションをとりますか?
山田:添加物などに興味のありそうな周りの人にまずはアプリを使ってもらって、改善点を聞いたり、どういう層に響きそうか? ということを調査し続けていくと大きな展開があると思います。私の事例でいうと、ボランティアプログラムを続けていくうちに関西学院大学や早稲田大学とつながって、ゼミ生みんなが来るようになったり、旅行代理店がツアーを組んでくれたり。あとは、探り探りいろんなことに挑戦してみます。全てを完璧にしてスタートする起業家さんもいますが、私は7割ぐらい固まったら「よし、ちょっとやってみよう」とスタートするタイプなんです。例を挙げるなら、今では多くの人に参加していただいているボランティアインターン。実は当初は「わざわざアフリカに来てお金を払ってまで、労働したいだろうか?」と懐疑的でした。でも、とりあえずやってみよう!とスタートしたら、これが初年度から大ヒットしたんです。
Mao:私は、ついつい色々頭で考えて動くタイプです。細かい地図は描きすぎず、スモールスタートするのがいいのかもしれませんね。また、山田さんが以前に自転車でアフリカを単独横断されたときに、スポンサーを見つけるために社長さんにお手紙を書いて実際に会いに行かれたと聞きました。そういった行動力も大切なんだなと。
山田:そうだと思います。当時の私のモットーは『社交辞令を本気に』でした。飲みの場なんかで「今度うちでサポートします」と言われたら、もう翌日には「あの件ですけど〜」ってメールで追いかけるみたいな。断られ続けるとメンタルが弱りますが、「よし、次!」とめげずに行動することは大切にしていましたね。
Mao:では最後に、私も含め、今後世界で起業したいという方に向けてアドバイスをいただけますか?
山田:うちにも起業したい人や、国際協力がしたいといった人がいっぱい来るんですが、目指すイメージがすごくぼんやりしていたり、あまりに壮大なスケールで捉えすぎている人もいて。正直なところ、実際にやってみたら起業も国際協力もめちゃくちゃ地味な仕事だったりするんですよね。ロナウジーニョやメッシ級のスターは別ですが、私たちみたいな小さなプレイヤーたちが見つめるべきは、やっぱり目の前の手の届く範囲の世界。特にソーシャルな活動というのは、毎日目の前にいる人たちの感情の動きや状況を敏感に読み取って、チームとして動いていかないといけませんからね。自分の手の届く場所で、どこの誰に何を届けたいのか? をしっかりと見つけて、一つずつスモールステップを積み重ねていく。「起業」や「世界」など大きな言葉にとらわれず、地味な作業をコツコツ進めていくことをお勧めします。
チャレンジを続けていくルワンダの“おせっかい女将”山田さん。これからもルワンダの“キセキ”は広がっていく。
profile
山田 美緒
Mio Yamada
大阪外国語大学スワヒリ語専攻(現大阪大学)在学中にアフリカ大陸を日本人女性初単独縦断5,000km。その後世界24か国を自転車で旅する。
雑誌ソトコトの社員として同社がケニアのマサイマラで経営する5つ星ホテル『ムパタサファリクラブ』の営業担当、築地本願寺境内のイタリアンレストラン『カフェドシンラン』の立ち上げスタッフとして勤務。
その後、企業数社とスポンサー契約しサイクリストとして独立、自転車×ソーシャルな活動を行う。
2010年一般社団法人コグウェイを設立、サイクルツーリズムの振興に携わり、100人10か国以上の国内外サイクリストが参加し四国を一周するツアーを2011年より5回開催。
その業績は各方面で高く評価され池田市観光大使、高知県観光特使、エリトリア共和国観光親善大使に任命される。
現在は3人の男の子の子育てをしながら、ルワンダ屈指のおせっかい母ちゃんとして「お母さんが笑顔で暮らせる社会を創る」ため子ども食堂・託児所・幼稚園・職業訓練校・妊産婦ケア・ICT教育・食育など幅広く活動中。毎年200名以上の日本人が参加するボランティア・インターンプログラムを現地・オンラインで運営。国際協力やアフリカで何かやってみたい人を後押ししつつ、その収益を社会課題の解決に投入するソーシャルビジネスとして国内外から注目を集めている。
関西学院大学社会福祉学部非常勤講師
著書:マンゴーと丸坊主(幻冬舎)、満点バイク(木楽舎)、満点自行車(台湾)、バイシクルガール(共著、PHP)
Mao
大学卒業後、ゲーム開発メーカーにて勤務。その後母のがんが発覚し看病に専念するため退職。
健康に対する食の大切さを認識し、オーガニック食品会社に再就職、出版部門で雑誌の編集者として勤務、編集長に就任。出版部数拡大に向け若年層の獲得のため表紙を刷新、また雑誌の電子書籍化を企画し社内初Webマーケティング販促部を立ち上げる。
記事の中で食品添加物について取り上げる機会も多く、現代人の食品添加物に対する知識不足や、食品添加物が引き起こす発がん性の認識不足に危機感をもつ。
社会課題をICTで解決するという方針の神戸情報大学院大学に入学し、この課題について研究、解決策の例としてアプリケーションを開発した。
今後は本アプリを運用するため起業も検討している。