“国際協力業界で働く”ために必要なステップとして知られているのは、「(長期での)海外経験」と「修士号取得」の2つだ。
そもそも国際協力業界のキャリアパスは、新卒ルートが少ない。学生を終え一度、社会に出てからも国際協力に資する職に就くまでは、自らでキャリアプランを考え、行動し、決めないといけない。
しかしながら、初めて社会に出るまでというのは、キャリア選択のタイミングが概ね固定化されているのと、そのタイミングで個人として選びやすいキャリア情報の提供がなされるので、自らキャリアプランを考え、行動し、決めるという行為を、実は行っているようで行っていない。多くの人はキャリアを“選んではいるが、決めてはいない”というのが実態だ。
そのため、社会に出てからフリーハンドで「キャリアプランを考えましょう」と言われても、どうして良いのかわからなくなるのだ。これは国際協力のキャリア形成に限らず、多くの社会人が悩むことである。
また、国際協力に関連する企業や団体、そして海外経験を積める制度や修士号を取得できる大学院は、それぞれ就職する、参加する、入学するための情報は常に開示してくれているが、その前後のキャリア情報までは情報量が膨大すぎるのとコストの観点から提供し切れてはいないのが現状だ。
そこで、国際協力のキャリア形成における「大学院進学」をテーマに、そして「進学タイミング」を切り口として、いくつかのパターンの経験談を通じて、多くの人が抱える“どうしたら良いのかわからない”というキャリアの悩みから一歩踏み出せるよう、本記事や動画を通して応援したい。

2026年1月12日(月・祝)東京・渋谷にて、ICT4D(デジタルと国際開発)が学べる神戸情報大学院大学(KIC)と国際協力のキャリア支援を行う合同会社サスコンの共催で「CAREER QUESTIONS – 国際協力のキャリア形成で、大学院進学のベストタイミングはいつ?」と題したイベントが開催された。
イベントでは、神戸情報大学院大学で客員教授を務め、現役の開発コンサルタントとして活躍する竹内知成氏をはじめ同大学院の修了生2名と、合同会社サスコン・代表の田中信行(筆者)が登壇し、それぞれの大学院進学の経験談や国際協力のキャリアパスにおける大学院進学の意義について話をした。
会場には大学院進学を検討する参加者が集い、ワークも交えながら参加者自身の大学院進学のベストタイミングを探ってもらった。また、多数のアーカイブ視聴の申し込みもあり、関心度の高いイベントとなった。
第1部では、国際協力のキャリア形成において、大学院進学がなぜ必要なのかをテーマに田中信行氏と竹内知成氏が事前質問も踏まえながら情報提供を行った。竹内氏は現役の開発コンサルタントとしてプロジェクトの統括なども務め、人材採用にも関わる立場から、今、求められている人材要件についても話をした。
― 第1部「国際協力のキャリアパスにおける“大学院での学び”とは?」
<登壇者>

合同会社サスコン 代表 /「国際協力の学校」主宰
田中 信行 氏

神戸情報大学院大学 客員教授/一般社団法人ICT for Development Co-founder
竹内 知成 氏
■動画で確認したい人はこちら
第1部のYouTubeのURL:https://youtu.be/FxTVDmp1T9c
国際協力のキャリア形成において大学院進学がなぜ必要なのかというと、端的に言えば2点「自身の専門性の証明」と「仕事相手との関係性」である。

講演を行う田中信行氏
国際協力における分野は幅広い、教育から農業、法律、医療、インフラ、平和構築、ジェンダー、ICTなど文系から理系まで、業界的に注力している度合い(=トレンド)などはあるにせよ、どの分野でも取り組みが行われている。そのため、各分野において専門家が必要となる。その際、専門性(≒知識)の証明として修士号という学位は、世界共通で認められている証なので、さまざまな国・地域で仕事をする上で必要とされている。
また、国際協力のプロジェクトで関わるパートナーの多くは、各国の政府高官だったり行政官だったりすることがほとんどだ。そして、彼・彼女らのほとんどは大学院を修了している、もしくは博士号まで持っている人も多い。日本政府も外交戦略の1つとして、そうした各国の若手行政官を日本の大学院に招聘している。そのため国際協力の仕事をスムーズに進めるためにも同等の学位を保有していること(大学院を修了していること)が望ましいとされている。
一方で、ソーシャルビジネスの台頭など、ビジネスを通じて、結果的に国際協力を担っている人たちも近年、増えてきている。そうしたキャリアの場合は、そこまで修士号という学位(≒専門性の証明)が求められるわけではない。実際、学部新卒でアフリカや東南アジアのビジネスに従事する人も増えている。
ただ、大学院を修了しておくと国際協力のキャリアの選択肢の幅が増えるのが1つのメリットだ。
あくまでも“(長期的な)海外経験”も“修士号取得”も手段にすぎない。あくまで目的は国際協力に資する仕事に就いて、何かしらの社会課題解決をすることである(≒社会課題解決することによって実現したい社会)

大事なのは自分がキャリアを通じて何を成し遂げたいのかを意識することや国際協力に興味・関心を持ったきっかけ(≒原点)に立ち返ること。目の前に迫っている手段にばかり意識していると大事なゴールを見失って、キャリア迷子になってしまうので気をつけて欲しい。
また、修士号が就職の条件として不要であっても、社会課題解決と向き合う中で行き詰った際には、学びが必要になることがある。その場合は、大学院という場でその壁を突破するための知識を手に入れることが手段として良いと考える。
これは国際協力業界に限らず、すべての社会人に大切にしてもらいたいことだ。

自身の体験について話す竹内氏
竹内氏には、自身のこれまでのキャリアパスと大学院進学を経て良かったことについて語ってもらった。大学院進学のメリットとしては「専門性」「学術・研究」「人脈」「自信」の4点が挙げられた。
その中でも国際協力の実務に直結したエピソードとしては、大学院で論文を書いた経験(論理的に文章を組み立て書くという経験)によって、国際協力機構(JICA)のプロジェクトで報告書を書く際に役立ったという。
また人脈という観点からも、大学院の指導教官の研究フィールドにおける繋がりや先輩となる修了生の中に、各国の国際協力業界に従事している人がおり、そのネットワークを実務で活かせることができたりしたと話す。もちろん同期にもグローバルサウス出身のメンバーがいて、今も大切な繋がりとなっているとのこと。
ほかにも、
・海外と国内大学院のメリット/デメリット
・どう自分の専門性を決めていけば良いですか?
・社会人経験と異なる専門性を大学院で学んでのキャリアチェンジは可能ですか?
・国際協力業界における今の人材要件はどうなっていますか?
など、参加者から多くの質問が寄せられているが、気になる方は動画内でチェックして欲しい。
第1部のYouTubeのURL:https://youtu.be/FxTVDmp1T9c
第2部では、第1部講師の田中信行氏および登壇者竹内知成氏に加え、KICの修了生でもある田中翔氏と髙原真佑氏にも加わってもらい、大学院進学のタイミングや大学院進学を含むキャリアプランについて、それぞれ語ってもらった。
― 第2部「大学院進学のベストタイミングは?」
大学院進学のタイミングが異なる登壇者が、それぞれの経験をもとに事前質問を交えてトークを進める
<第2部からの登壇者>

神戸情報大学院大学 修了生 / 開発コンサルタント
田中 翔 氏

神戸情報大学院大学 修了生 / 海外協力隊員
髙原 真佑 氏
■動画で確認したい人はこちら
第2部のYouTubeのURL:https://youtu.be/ffWOeoj_CPk
今回の登壇者として興味深いところは、国際協力のキャリアパスとして登壇者4名ともJICA海外協力隊経験者であること。他方で、大学院進学のタイミングや進学先、履修方法はバラバラであるということだ。
田中翔氏は、JICA海外協力隊を終えた後にKICに入学し、ICT4Dに関する学びを深め、修了後は開発コンサルティング企業に就職し、国際協力の実務に従事している。髙原氏は、KICの修了後にJICA海外協力隊に参加し、キリバスでPCインストラクターとして活動中だ。イベント当日はキリバスからオンラインで登壇した。
田中信行氏はJICA海外協力隊後に国際協力の専門出版社で働きながら、並行して大学院を修了したキャリアパス。竹内氏はJICA海外協力隊へ参加後、在エチオピア大使館勤務を経て英国の大学院に。修了後はJICA職員を経てコンサルティングファームへとキャリアを移しているといった登壇者となる。
まず田中翔氏と髙原氏に、いつ頃から大学院進学を検討していたのかについて話を伺ったのだが、両者で答えはまったく違った。
田中氏は学部時代から国際協力のキャリア形成における“(長期的な)海外経験”と“修士号取得”の2つの条件を知っていた。その中で、国際協力における分野は、海外経験が積めるJICA海外協力隊に合格して派遣までの間で学んだプログラミングに惹かれ、国際協力×ITで何かできないかと見出したという。そして、大学院進学に関しては費用面の不安があったので、情報収集をしていく中で、JICA海外協力隊の帰国後のサポート制度の中に「帰国隊員奨学金事業」があることを知り、同事業を活用して大学院進学を計画的に目指してきた経緯があった。
髙原氏は大学卒業後、一般企業に勤めている中で国際協力に関わりたい思いが強くなり、一念発起し、退職。時間ができたところで、国際協力に携わるための情報収集を集中的に行い、企業(転職)や大学院(進学)も含めたキャリア検討をしたという。その中で、IT分野に可能性があると感じ、英語で学べる学習環境や学費面における奨学金制度も鑑みてKICへの進学を決めたとのこと。
髙原氏はこれらの行動を1カ月間で行ったという。また、国際協力のキャリア形成に修士号が必要ということは、大学院に入学してから知ったとのことだった。
田中翔氏のようにキャリアを計画的に進めるか、髙原氏のように切り拓きながらキャリアを構築していくのか、正解は存在しない。ただ、両者の共通点として言えるのは、2人とも自らキャリアプランをその時点で持っている情報の中で考え、そして行動し、決めていったということだ。
特に大事な点は、自らのやりたいことを明確に言語化できておらずとも、自分の中ではわかってはいるので、その中で自らが動き出せていない“不安”を取り除くための情報を取りに行っているところだ。その結果、やりたいことの方向へのキャリアに舵を切れたのであろう。

田中翔氏と髙原氏(オンライン)からも自身の体験を通した話題提供があった
髙原氏:大学院進学のベストなタイミングはいつか?と考えてみた時に、多くの人が、“お金が貯まったら”、“仕事が落ち着いたら”…etcと考えがあるかもしれないです。でも、完璧なタイミングは来ないと私は思っていて、自らベターなタイミングを作り出していくしかないと思います。そのために必要な情報収集をしていき、ぜひ自らのキャリアを築いていってもらいたいです。
田中氏:大学院進学は、やりたいことが見つかった時=クリアになった時がベストなタイミングだと思います。自分の場合は、自己紹介の際にも話したプログラミングをきっかけに“国際協力×IT”に興味を持ち、その専門家として名乗れるように知識を強化するための修士号取得と捉えて大学院進学を決めました。
イベントの中では、その他にも多くの質問に両名に加え、田中信行と竹内氏にも答えてもらった。
<イベント内での問いかけ(一部抜粋)>
・JICA海外協力隊と大学院進学、どっちが先の方が良いと思いますか?
・大学院での学びを通じてキャリアプランに変更はありましたか?
・大学院進学の決め手は何ですか?
・JICA海外協力隊でおすすめの職種はありますか?
など、気になる方は動画内でチェックして欲しい。
第2部のYouTubeのURL:https://youtu.be/ffWOeoj_CPk
第2部の最後には、神戸情報大学院大学・副学長の内藤智之氏から、イベント参加への感謝とともに、ご自身が大切にしている3つの価値観についてメッセージがあった。
①大切な人との時間を大事にすること
②旅をすること
③学びは長期投資だが、必ずリターンがあるということ
とりわけ「学びは長期投資」という言葉は、参加者の胸に強く残ったのではないかと思う。
大学院進学を検討する際、多くの人が最初に直面するのは“正解の見えなさ”だ。
・本当に今、進学すべきなのか
・お金や時間に見合うリターンはあるのか
・進学してもキャリアに繋がらなかったらどうしよう
・そもそも自分にそこまでの覚悟があるのか
こうした不安は、決して能力不足からくるものではない。
むしろ、「真剣にキャリアを考えている人ほど抱える不安」だ。
今回のイベントで印象的だったのは、登壇者たちもまた、不安があったからこそ奨学金制度を調べ尽くした。時間をつくり、1カ月という短期間で情報収集をやり切った。というように、同じような不安を抱えながら進路を決めてきたという事実だ。
つまり、彼らは「不安がなかった」のではない。
“不安を小さくするための行動”を取ったのだ。
国際協力のキャリア形成においては、大学院進学も、海外経験も、転職も、明確なレールが敷かれているわけではない。だからこそ、「情報を持っているかどうか」で見える選択肢が大きく変わる。
例えば、
・奨学金や給付制度の存在を知っているか
・社会人入学の選択肢を知っているか
・修了生のキャリア事例を知っているか
・分野ごとの人材ニーズを知っているか
こうした情報があるだけで、「漠然とした不安」は「具体的な検討事項」に変わる。
漠然とした不安は人を止める。
しかし、具体的な課題は人を動かす。
そしてその次の一歩として、
・修了生に話を聞いてみる
・奨学金制度を調べてみる
・説明会に申し込んでみる
・自分が解決したい社会課題を書き出してみる
そうした小さな行動から始めていけば良い。
内藤氏の言う通り、学びは短期的なリターンを求めるものではない。
だが、長期で見れば確実に人生の選択肢を広げる“資産”になる。
国際協力という領域は、すぐに成果が出る世界ではない。だからこそ、自分自身への投資を惜しまない姿勢が、結果的に遠回りに見えて最短距離になることもある。
大学院進学をするかどうか。
いつ進学するか。
どの分野を選ぶか。
その答えは他人が決めるものではない。
しかし、その答えを出すための材料は、自ら取りにいくことができる。
