ベナンの農業を変える、収穫ロボット

From KIC

アフリカ・ベナン共和国から来日した青年

2025年8月に横浜で開催される第9回アフリカ開発会議(TICAD 9)を目前に控え、アフリカというワードが身近になってきた。そんなアフリカの西側に位置するベナン共和国。はるか遠く離れたこの国から、祖国の農業に貢献したいという熱意を胸に2022年に来日、神戸情報大学院大学(KIC)の扉を叩いたミガン・アントニーさん。トウモロコシ収穫ロボットの技術開発と、その普及のためのビジネスモデルを提案した論文は、農機具メーカー・ヤンマーの「第35回ヤンマー学生懸賞論文」で優秀賞を受賞。自ら課題を見つけ、企業と協力して試作と検証を重ねた粘り強いアプローチは、KICの学びの核となる“探究実践”そのものだ。

折れそうになっても立ち上がる、彼の強さの源とは?――その答えは、挑戦を続けるすべての人に力を与えてくれるはずだ。

祖国ベナンに、技術で貢献したい

西アフリカに位置するベナン共和国は、国民の約半数が農業に従事する農業国だ。主食であるトウモロコシは特に重要な作物だがその収穫は今も手作業が中心で、労働は過酷。若者の農業離れを加速させている。

そんな祖国の課題に技術で貢献したい。そう強く願ったミガンさんは、日本でロボット技術を学ぶことを決意した。都市部で育った彼の家族は農業に縁がない。それでも「誰かのため、社会のために働きたい」という思いをずっと持ち続けていた。

ミガン氏:高校生のころは医者になりたいとも考えていましたが、お金もかかります。ほかに社会に貢献できる方法を探すうちに、AIやロボットの可能性に興味を持ちました

ミガン・アンソニー氏

農業に役立つロボットがあれば、ベナンの多くの人を助けられる。そう考え、大学・大学院で電気電子工学を学び、さらにロボット技術を本格的に学ぶことを目指した。

ミガン氏:フランス語が話せるので、最初はフランスの学校を視野に入れていたんです。ところが、ロボット技術の最先端は日本だと知ったときは驚きましたね。特に農業分野では、収穫ロボットやスマート農業の事例が豊富で、現場ニーズに応える技術開発が進んでいるんです

日本にはアニメを通じて漠然としたイメージしかなかったというが、独立行政法人国際協力機構(JICA)の奨学金制度を通じて来日を決意。故郷の日本語学校に通いながら準備を整えた。そして2022年KICへ入学し、平石輝彦教授の研究室の扉を叩く。

ミガン氏:正直、飛行機が離陸する瞬間はものすごく恐怖を感じました

当時をそう振り返るが、祖国の農業のために日本で学んだ技術を持ち帰る覚悟が彼を支えた。

ベナンの農業を変えるロボットを作る

ベナンの農業従事者に直接話を聞くなかで、ミガンさんは農業の機械化が進まない現実を痛感する。収穫のタイミングは経験に頼らざるを得ず、判断のばらつきも避けられない。高温多湿な気候、安定しない電力供給、輸送インフラの不備も大きな障壁だ。

そこで彼が研究テーマに選んだのは、トウモロコシの収穫作業を自動化するロボットの開発。ベナンで最も多く栽培され人々の食を支える作物だからこそ、多くの人に役立つと考えた。

当初の構想は「自律型トウモロコシ収穫ロボット」。キャタピラー型のロボットが畑の中を移動し、AIが完熟した作物を識別。アームで丁寧に摘み取っていく仕組みだ。しかし、国内の農家や企業へ訪問するうちに、現場の実情に合わないことが明らかになる。

当初の構想時に活用したロボット

ミガン氏:野菜の自動収穫ロボットを作る企業からは、『2年で形にするのは無理だ』とはっきりと言われてしまって。正直かなり落ち込みましたが、それでも前へ進みました

平石教授はそのときのことをこう振り返る。

平石氏:ミガンはかなり落ち込んでいましたね。スランプの期間も長かったんですよ。でも彼のすごいところは、一つ目の仮説から軽やかに、そしてダイナミックに方向転換したところ。これができる人は珍しく、強いですよ

ミガン氏の指導にあたっていた平石輝彦教授

方向転換のきっかけとなったのが、パナソニックコネクト株式会社のエンジニアからの助言だ。

ミガン氏:エンジニアからは、解決すべき重要な課題は“外乱”だと教えてもらいました。外乱とは、システムの動作に影響を与える外部からの要因のことです。実際に、見学に訪れたトウモロコシ畑でも地面が泥だらけでした。こうした不整地の農場では、クローラー型のロボットは転んでしまうんです

そこでミガンさんは発想を変え、柱間ワイヤー上を走行するロボットを考案。地面の凹凸の影響を受けることなく、カメラによる画像認識で熟度を判別して収穫を行なう新たなアプローチに、まずは3Dシミュレーションで動作検証を重ねた。

しかし、課題は“動き”だけではない。トウモロコシが熟しているかどうかを正確に見分ける“目”としての画像認識AIの精度もまた、大きな壁だった。畑で撮影した大量のトウモロコシの画像を一枚一枚ラベリングし、前処理を重ね、AIの学習を地道に続けた。最終的に96%の識別精度を達成した。

世界を変えるのは、助けを求めながら挑戦する人

ミガン氏:無理だと言われて落ち込んでいたとき、先生からは『じゃあ諦めるか?』という言葉が返ってきたんです。ハッとして、自分で責任を取って前に進むしかない、落ち込んでいる時間がもったいないと思いました。ここでやめたら日本に来た意味がなくなりますから

平石氏:人には3パターンあると思うんです。すぐ諦める人。人の意見を聞かずに自分のやり方を押し通す人。そして、失敗を繰り返しながら最後に成功する人。彼は間違いなく3番目の人です。たくさんの人に助けを借りながら挑戦する。彼のような人が日本や世界を変えていくんです

ミガン氏(左)と平石輝彦教授(右)

実は、日本に来る前から好奇心旺盛だったタイプだというミガンさん。すぐに人に聞いてまわるため「面倒くさいと言われるぐらいでした(笑)」と苦笑いする。そんな素直な性格こそ、成功には不可欠なのかもしれない。

その後、企業訪問を続けるなかで、論文提出先としてもご縁があったヤンマーが快く話を聞いてくれたという。ベナン導入にはコスト面の課題も大きいが、トウモロコシにこだわらず、ほかの作物でも応用できれば興味を持ってもらうことができるはず。コストカットの未来を見据えた重要な一歩でもあった。

第35回ヤンマー学生懸賞論文・作文募集「“農業”を“食農産業”に発展させる」

“失敗を目指す”ぐらいがちょうどいい

次に考えるべき課題は、農業ロボットを多くの農家に普及させる手段を見つけること。そして、母国だけではなく他の国にも技術を広めることを目指しているという。「ロボットがあれば、今までできなかったことにも力を注ぐことができるようになるはず。そこから新しい産業が生まれて、結果的に国の発展につながると考えています」。

私たちは、失敗に対して少なからずネガティブなイメージがあるのではないだろうか。しかし、ミガンさんは少し違う。「失敗が前提の挑戦です。失敗するたびに自分の仮説が磨かれ、次の一手が見えてくる。だから、むしろ“失敗を目指す”ぐらいがちょうどいいと思うんです」。この言葉は、挑戦を続ける人にとって大きな力になるはずだ。

苦難を乗り越えて、KICを修了したミガン氏。挑戦はまだまだ続く。

最後に、ミガンさんはもう一つ大切なことを教えてくれた。

ミガン氏:日本へ向かう飛行機では恐怖も感じましたが、それ以上にワクワク感と情熱が勝ちました。日本に来たからこそ、ありがたいことにいろいろな人から応援していただき研究を進めることができたんです。だから、みなさんにはこう言いたいです。 “コンフォートゾーン(快適で慣れた環境や行動)を抜けて、怖いと思っている方へ進んでみてください”と

情熱を持って失敗を目指す。怖い方へ進む。勇気を持ってその選択をした人だけが、壁の向こうの景色を見ることができるのかもしれない。

profile

MIGAN Anthony Walleramd Raoul N

ミガン・アンソニー・ヴェレラン・ラウ(左)と炭谷俊樹学長(右)

ベナン共和国(西アフリカ)出身、1997年7月7日生まれ。2022年10月に神戸情報大学院大学のICTイノベータコースに入学、2024年9月に修了し、2025年4月から甲南大学自然科学研究科知能情報学専攻(博士後期課程)に入学。英語、フランス語以外に、日本語も堪能。

する『知識』を発信する
Webマガジン