偏りある知性のあり方をアップデートすることがAIの進化につながる

From KIC

「やさしい知性」著者 小塩篤史さんインタビュー

この数年で人工知能(AI)は大きく進化し、ChatGPTをはじめとする生成系AIの話題が毎日のように取り上げられています。AIが人類を越える日も近いといわれ、あまりにも早すぎる進化に対して国際ルールを設けようとする動きがある中で、これから目指すべきなのは「やさしさ」ではないか。KIC客員教授であり、かつデータサイエンス・人工知能関連の企業を4社創業し、先端技術を活用し現実社会での課題解決に取り組んでいる小塩篤史先生の著書「やさしい知性」は、そう提言しています。ここでは小塩先生が本著を執筆することになったきっかけや、何を伝えたいと思ったのか、お話しを伺いました。

頭の良さや優秀さに対する古くさいままの定義をアップデートする

小塩先生は会社経営者であり、学術研究者であり、大学の講師でもあるといった、多様な方面で多彩な活動をされています。日々忙しくされている中で本を書こうと思われたきっかけは何だったのでしょうか?

小塩:私は以前から論文など文章を書くことは慣れていて、本を出版する話も以前からあったのですが、当時は社会に何かを問いかけるのであれば、本よりも何か具体的なプロジェクトを立ち上げ、実際に動くことを重視していました。そんな私のオフィスによく遊びに来ていた教え子がある日、文章術の本でベストセラー作家になり、そこで編集者の方と話をするご縁ができたのがきっかけで本を書くことになりました。

本のテーマは最初から「やさしい知性」に決まっていたのでしょうか。また執筆にはどれぐらいの時間がかかりましたか?

小塩:まずテーマに関しては他にも案はありました。商業的に売れる本を出すのであれば、東京大学の博士課程在籍中に初めて起業して、データサイエンスと人工知能関連の会社を4社創業している話や、MIT時代の経験をまとめる方がいいかもしれませんが、そこは編集者の方には申し訳ないのですが、できるだけ自分の書きたいことをテーマにしたいという思いがありました。

「やさしい知性」をテーマにしたのは、本の中でも少し触れていますが自分の家族がきっかけです。私の息子は客観的に見ても非常にスマートで素直なのですが、ややADHD(注意欠如・多動症)の気質があり、集団行動が苦手で不登校になったという苦しい時期がありました。同じような思いをしている子どもたちは他にもたくさんいて、その原因は頭が良いとか優秀だという定義が古くさいままで、知識の評価も偏りがあるところに問題があるのではないかと考えていました。

社会は時代によって変化し、環境や技術も情報もどんどん進化しています。社会をより良い方向に向けて進化させたいのであれば、人間の知性のあり方や知識はもっとアップデートされるべきではないかというもやもやした思いがあり、AIに関しても、もっと社会を幸せにする方向を目指した方がいいとも考えていました。そこで出てきたのが、正しい知性に対するやさしい知性という考えで、それを頑張って本にまとめることにしました。

確かに今のAIは正しい結果というか、正解を出すことを目的に使われている印象がありますし、ChatGPTにしても質問に対してあたかも正しい答えを出しているようで、複数の回答を提示しているだけというようにも見えます。そんなChatGPについても本の中では取り上げられていますが、執筆内容にも影響があったりしたのでしょうか?

小塩: ChatGPTがブームになったのは去年の12月頃でしたが、突然出てきたものではないのでそれほど驚きもしませんでしたし、執筆は去年の夏頃から始めていたので影響はありませんでした。とはいえこれだけ話題になっていますし、本の内容や出版のタイミングもあるので追加で取り上げという感じですね。

確かにChatGPTは以前からありましたし、生成系AIでいえばテキストで画像が描けるDALL-E(ダリ)などの方がインパクトがあって話題になりやすいような気がします。それよりも地味なテキストベースのChatGPTがなぜ急にブームになったのでしょうか?

小塩:ブームになったChatGPTがこれまでと違うのは、プロンプトというコンピュータへの指令をチャットをしているように自然文で書けるようになったことです。それだけなのですが非エンジニアがAIに対する敷居を大きく下げたのは間違いないですし、エンジニアにとっても極めて役立つツールになっているのは事実です。

メディアやいろいろなところで取り上げられてブームになっているのも、簡単に使えて便利というのが大きなポイントだといえそうですね。

小塩:ですが研究者から見るとそうした役に立つ、正しさを求める進化というのが偏っているのでないかとずっと感じていました。例えば今起きている戦争を解決するといったことも、本当ならばAIをもっと上手く使えば何かできたのではないかと思うことがあります。ChatGPTの大規模なデータベースを元に生み出している仕組みは非常によくできていて、これからのコンピュータの可能性を示してはいるものの、人間と同じようなミスをするのでその予防策も立てておく必要もあるでしょう。

人の役に立つデータの使い方を考えたい

小塩先生はご自身をデータサイエンティストであると言われますが、AIの専門家でもあり、両方の分野で活躍されています。最初に興味を持っていたのはデータサイエンスとAIのどちらの分野で、いつ頃からこの道に進もうと考えはじめたのでしょうか?

小塩:私はもともと政治家というか、情報を使って戦略的を考えたり、将来を見通したりして次の世界を変えていく三国志の諸葛亮孔明みたいな軍師にあこがれていました。その流れでデータサイエンスの研究者になったわけですが、AIについては現在のAIが極めてデータに基づいて考えられているので副次的に研究するようになったという感じですね。とにかくデータを何か人の役に立てるために使いたいといつも考えていました。MITに行ったのも”成長の限界”というMITのチームを中心とした研究プロジェクトがあって、人類の環境や人口問題を調べる裏側で、ものすごいシミュレーションが行われていることに興味を持ったのが理由です。

データサイエンスで社会を動かすのであれば、シンクタンクやビッグデータを扱う会社に就職することを目指すような気がしますが、小塩先生は大学院の時代に起業されていて、それもデジタルヘルスという当時はまだあまりデータが活用されていなかった分野ということに驚きました。

小塩:確かに当時の日本はビジネス系のデータサイエンティストは結構いましたが、それ以外の分野でデータを活用しようという動きはまだ少なかったです。医療や介護はこれから社会で大きな問題になり、データで貢献できることがたくさんあるはずという実感あり、他の人があまり手をつけていないというのもあり、2005年ぐらいからずっと医療の仕事に関わっています。ニュース番組にも出演されている慶應義塾大学教授の宮田先生も同じ2006年頃から医療とデータサイエンスに着目されていて、一緒に仕事はしていませんが関わっている人が少ないのでいろんなところでよくご一緒することがありました。

最近ではスマートウォッチなどのウェアラブルデバイスから収集するデータを健康促進に利用するデジタルヘルスのサービスが登場していますし、医療分野でも活用され始めています。さらにいえば、アプリを使って禁煙するデジタルセラピューティックスが保険適用されるということも始まっています。

小塩:デジタルセラピューティクスは私が代表取締役を務めるFour Hという会社でも開発を手がけていて、大学の研究室などと一緒に動いています。現在実用化が進んでいる患者さんの行動変容を促すという使い方は、私自身も人間の行動に興味を持って研究している分野でもありますし、デジタル技術で治療するという概念自体もありだとは思いますが、今のところはまだ薬を飲む方が治療効果があることが多いでしょう。医療分野では検査で撮影した画像の診断をAIで支援する技術も開発されていて、ChatGPTも健康相談に役立てられるのではないかという話はあります。ですが頭痛の原因を聞いたらいっぱい回答は出してくれるけれど、中には脳梗塞の可能性もあってかえって不安になったり、当然まちがった回答をしたり、安易に使うリスクは高いとみています。

経験から生まれる余裕がやさしさにもつながる

小塩先生はこれからのAIは、正しさよりもやさしさを求めていくべきだと考えているのでしょうか?

小塩:私は本の中で正しい知性はいらないということを書きたかったわけではなく、正しい知性もやさしい知性もどちらも大事だと考えています。けれども正しい知性に対するウェイトが大きすぎる状態はあまり健全ではないと思っていて、それこそAIを使えば個別にいろいろな価値が評価できる仕組みも作れるでしょうし、そこにやさしさというものが何かをもたらすのではないかと考えています。

現代社会の中でやさしさを考えるのはとても難しいと思いますが、だからこそ挑戦する価値があるのかもしれません。小塩先生自身の中には何か具体的な方法があったりするのでしょうか?

小塩:それこそ人によっていろいろな方法があると思いますし、私自身も日々勉強しながら考えているところです。例えば仕事でいろいろなデータ解析をして、これなら問題を解決できるはずだと自信を持っていても、結果をお医者さんや看護師さんに見ていただくとすごく狭い世界で考えていたと感じることがよくあります。やはり実際に現場を経験している方たちの考え方はすごいですし、研究者やエンジニアはできればリアリティのある空間の中でいろいろな人たちと一緒にものを考える経験をできるだけたくさんすることが、やさしい知性を目指す上では大事なのではないかと思うことがあります。

AIに関してはこれからもっと進化していくのはまちがいないですし、社会や生活の中で当たり前のものになるような気がします。小塩先生は「デジタルネイティヴならぬ、ChatGPTネイティヴが登場する時代もやってくるだろう」と話されていましたが、中にはAIに関わる研究や仕事を目指したいという人たちもいると思いますが、どのようにアドバイスされますか?

小塩:AIを使う仕事をしたいというのであれば、一つ考えられるのはこれからまだしばらくAIができないのは、こういう仕組みのこういうものを作るというアイデア出しをする要件定義の部分です。おそらく2、30年は陳腐化せず、関連スキルはしばらく必要とされるでしょうし、AIがどんどん便利になっても、人間が何を必要として何を欲しているのかは人間で決めるべきで、AIにやらせるべきではないと私自身は考えています。では具体的にどのようなスキルを身に付ければいいかというと、むしろ画一された方法よりも、今自分の中にあるものを増やす方向を目指すのがいいでしょう。いつもと違うことをしてもいいし、人とたくさん話したり、遊んだり、旅をしたり、ボランティアをするのもいいかもしれない。つまりいろんな経験をすることで、ある種の正しさとか優秀さみたいな基準に飲み込まれないもう一人の自分を作っていく余裕を持つことが大事だと思っています。

単純にデータを蓄積して知識を積み重ねていくAIに対して、実際に何かを経験して知識を身に付けることは人間にしかできないものだと言えるかもしれません。「正しい知性」に疲れてしまった人は、一度ふと立ち止まってみて、「やさしい知性」に触れる機会を増やしてみたらいかがでしょうか。

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profile

小塩 篤史

Koshio Atsushi

兵庫県加西市出身。株式会社IF 代表取締役CEO。東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程在籍時に、株式会社ミナラボを創業。以後、データサイエンス・人工知能関連の企業を4社創業し、先端技術を活用し現実社会での課題解決に取り組んでいる。また平行して学術的な活動も続け、マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院客員研究員、東京大学政策ビジョン研究センター特任研究員、日本医科大学医療管理学教室助教などを歴任し、ヘルスケア領域での人口知能活用の研究を行い、主に医療情報領域での論文を多数執筆している。現在は株式会社IF代表取締役として、人工知能時代のビジネスモデル構築から人工知能システム開発を一貫して行っている。また、アジア開発銀行において、高度技術専門家(AI分野)として、SDGsの達成のためにAI等の先端技術活用を進めていくための人材育成、プロジェクト組成に取り組んでいる。

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