中途の言語障害に悩む人たちを支援するアプリケーション開発と起業に挑む

From KIC

中途の言語障害者を支援するアプリケーション開発に挑む岡松岳史さん

生活に障がいを抱える人たちをデジタルで支援する取り組みは、さまざまなアイデアがあり、AppleやMicrosoftといった大企業も以前から力を入れている。障がいの内容やニーズにあわせたテクノロジーが求められ、神戸情報大学院大学(KIC)にも中途の言語障害者を支援するアプリケーション開発にチャレンジする在学生がいる。

KICのICTプロフェッショナルコースで大寺研究室に所属する岡松岳史氏は、病気などの原因で発音が正しくできない構音障害(こうおんしょうがい)を持つ人たちの社会参加を促すアプリケーションの開発に取り組んでいる。生まれつきではなく中途から言語障害になる患者総数は国内で約22万人おり、その半数の約10万人が神経難病による構音障害の患者とされている。

「構音障害がある患者さんは病気によって筋肉がうまく動かないため、”おはよう”と言っているのに上手く発話できず、言葉が相手に伝わりにくくなります。何度も聞き返すことになるため話す方も聞く方もストレスになり、そのせいで社会参加を諦めてしまうという方も少なくありません。そこでそれぞれの人たちの発話にあわせて言いたい言葉をあらかじめ登録し、音声出力できるスマホアプリを開発するというアイデアを考えました。」

目の前にある困りごとを解決したい

岡松氏は作業療法士として働いており、KICに入学したには目の前で困っている人たちをデジタルの力で支援できるのではないかと考えたのがきっかけだった。

「作業療法士は、日常生活に必要な動作や社会生活に必要な能力を維持・改善することを目的にリハビリテーションを行ったり、福祉用具を作ったり、その人らしい生活を支援する仕事です。私は医療や福祉の現場で20年近く働いてきましたが、何かもっと喜ばれるものが作れないか漠然と考えていました。その延長としてデジタルの活用が有用かもしれないと考え、2020年にICTプロフェッショナルコースに入学しました。

KICを選んだ理由は、モノづくりが学べることとICT初心者でも受け入れてくれるところでした。入学前はICTで具体的に何ができるかイメージできなかったのですが、ICTが生活やビジネスの場面でどのように使われ、これから社会を変えるのにどう絡んでいくのか学ぶことができ、患者さんをどう支援できるのかいろいろアイデアを考えられるようになりました。」

岡松氏はプログラミングどころかICTの知識もほとんどなかったが、「とにかく作りながら考えた方がいい」と先生から後押しされ、アプリ開発にチャレンジした。作ったプロトタイプを実際に患者さんに使ってもらうことで課題が見つかり、改良につなげていけたと話す。

未経験から取り組んだアプリ開発

岡松氏が所属する大寺研究室の大寺亮准教授は「社会人でICTをゼロから学ぼうという人はたくさんいると思うが、岡松さんほどいろいろアイデアを持って行動できる人はなかなかいないのではないか」と話す。

神戸情報大学院大学 大寺亮准教授

神戸情報大学院大学 大寺 亮 准教授

「プログラミングを学んで何かを作ろうとした場合、明確な目的がある方がいいのですが、その目的を何にするかで迷うものです。その点岡松さんは、具体的なユーザーの姿が見えているのでいろんなアイデアが考え出せるのかもしれません。何よりも患者さんたちを支え、喜んでもらいたいという思いが強く、最初にアプリのアイデアを聞いた時に、これは絶対に実現するべき内容だと思いました」(大寺准教授)

岡松氏が開発するアプリは、画面に表示された大きなアイコンをタップして話しかけると、ユーザーがあらかじめ登録した単語に変換して発話するというシンプルなものだ。辞書は自由に作れるので、「おはよう」と発話した時の声を登録して変換できるようにしたり、「トイレに行きたい」という言葉を発音しやすく短い「うああ」といった別の単語で登録しておくことも可能だ。現在作成中のプロトタイプはAndroid OSで開発され、プログラミングも一から岡松氏自身が行っている。

「普段使っているのはiPhoneで、Androidスマホを触るのも初めてなので勝手が違いましたが、プログラミングは基礎を学べば後は言語ごとの構造とルールに従って書けばいいと教えられていたので、大きく戸惑うことはありませんでした。作業は完成イメージに向けて分割した部品を少しずつ作って、最後につなげるというやり方で進めました。

ここまでで壁になったのは、音声認識で変換されたテキストとデータベースに格納された辞書をマッチングするところです。そこはできればテキスト変換ではなく、音響信号を捉えて学習させたいので、方法を考えているところです。必要な専門技術は、ネット検索や情報処理学会の抄録を読んだり、書籍でカバーしています。また、週に1度研究室のメンバー全員で集まる時間があり、そこで先生に進捗状況を伝えると同時に、仲間からも技術を教えてもらえるので助かっています。」

製品化に向けて起業にもチャレンジ

岡松氏は現在も午前中は作業療法士として働きながら、KICの研究室に通ってアプリ開発を続けている。今後のゴール掲げているのが、アプリをプロダクトとして製品化することだ。

「具体的には、厚生労働省が実施する助成金に応募する準備をしています。障害者自立支援機器等開発促進事業という、障がい者のニーズを反映した実用的な支援機器の開発や製品化をする事業者向けの助成金で、応募に法人格が必要なため起業の準備をしています。起業も全く知らない世界ですが必要なチャレンジだと考えました。創業塾に参加したり、ひょうご起業プラザという起業家を支援する組織に相談したり、そこでもいろいろな方に助けていただいていることを実感しています。」

アプリ開発は目の前に困っている人たちの問題解決からスタートしたが、健常者であっても病気やケガなどが原因で言語障害になる可能性はあり、そういう場合の保険にもなるアプリとして使えるのではないかと話す。

「声はその人しか出せないその人らしさにつながるもので、いつまでもその人の声を聞きたいという思いがあります。少しでも発声ができる時に使えるツールの一つとして、いろいろあるアプリの中から選択肢の一つになるようなプロダクトにしたいですし、心の面もサポートできればいいなと思っています。

仕事や起業準備もしながらアプリ開発するしんどさはありますが、その分動いた時の達成感というか喜びはひとしおですし、チャレンジして本当によかったと思っています。とにかく早く製品化して役立ててもらいたいという思いが強いですが、もっと精度を上げてできるだけ多くの方に使っていただける形にしてリリースしたいですね。」

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