大阪・関西万博で注目を集めた実現間近な最新テクノロジー

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半年もの間続けられた未来社会の実験場

2025年10月13日、同年4月13日から開幕していた大阪・関西万博は、184日間の会期を経て、閉幕を告げた。

そもそもこの大阪・関西万博はBIE(博覧会国際事務局)が認定する国際博覧会のうち、大規模で5年以上の間隔を空けて開催される登録博覧会にあたり、日本では1970年の大阪、2005年の愛・地球博に続く3回目となる。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに掲げ、約半年もの間続けられた「未来社会の実験場」として、人類共通の課題解決につながる英知が集まった万博会場で展示されていた多くの技術が「遠い未来」ではなく、すでに社会に出る準備段階にあった。思えば、万博は未来を夢見るイベントというより、数年後の社会を少し先取りして体験する場所だったのかもしれない。

本記事では振り返りながら、その“少し先の未来”を追っていきたい。

スイスパビリオン

いのち輝く未来社会のデザイン

「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに掲げた大阪・関西万博では、エネルギー、モビリティ、医療、AIなど、さまざまな分野の技術が紹介された。

特に、会場全体を実験場にした取り組みとしては、世界で大きな問題になっている気候変動の解決につながる様々な次世代エネルギーの実験や提案が行われていた。

例えば日本館では、会場内から回収した生ごみや藻を館内のプラントで発酵させ、バイオエネルギーとしてパビリオンの運営に利用していた。バイオエネルギーは世界各国で研究開発が進められており、日本では2030年度までの実用化を目指している。

日本館は館内で生成されたエネルギーを使用する「生きたパビリオン」として様々な実験が行われていた。

また、会場の外にある「カーボンリサイクルファクトリー」では、様々なタイプの再生エネルギーを実験する装置を設置。大気中のCO2を回収して水素と化学反応させる”メタネーション”で、次世代の都市ガスといわれるe-メタンを合成し、会場内を走るバスの燃料や迎賓館の調理で実際に使われていた。

次世代の核融合エネルギーとして注目されているフュージョンエネルギーも話題を集めていた。日本を含む各国のスタートアップを中心に開発が進められ、2030年代の実用を目指している。国際機関パビリオンでは、開発を支援する国際プロジェクト「ITER(イーター)」について紹介。イタリアパビリオンでは建設を進める核融合実験炉の13分1モデルを展示していた。

次世代の核融合エネルギーを開発する研究が世界で進められている(イタリアパビリオン)。

進化するモビリティが都市をスマートにする

自動運転バスや空飛ぶクルマといった次世代モビリティも、万博を象徴する展示のひとつだった。

世界人口の半数以上は都市部に集中しており、より安全で快適な生活を実現することが求められている。渋滞や環境への影響を解消する新たな移動手段もいろいろなアイデアが提案されている。会場では2027年以降の商用化を目指す空飛ぶクルマ(エアタクシー)のデモが行われ、レベル4といわれるドライバーレスの自動運転バスが運行されていた。

自動運転バスや飛行機やヘリに代わるエアタクシーの実用化が急速に進んでいる。

他にも、2050年の実用化を目指して開発を進める、鉄道と空、陸の移動を組み合わせた未来の公共交通システムのコンセプトモデル「ALICE SYSTEM」を川崎重工グループが紹介。展示をしていた未来の都市パビリオンで同時公開されていた四足歩行ロボット「コルレオ」は2035年の発売が決まり、万博でのお披露目が実用化を後押ししたといえる。

川崎重工は未来の交通システムと山岳部でも移動可能な四足歩行ロボットを公開。発売も決まった。

大人数が効率良く移動できる画期的な手段として注目されたのがリニアモーター・エレベーターだ。ローブや滑車を使用せずキャビンをリニアモーターで駆動し、自由に設計ができるので高層建築での昇降をはじめ、特定エリアを以外する手段としても応用可能だ。基本技術はすでに完成しており、実用化が進められている。会場では特別展示が行われ、開発者のマルコン・シャンドル博士による講演も実施された。

開発者のマルコン・シャンドル博士

リニアモーター・エレベーターのモデルはマルコン博士が所属する神戸情報大学院大学(KIC)にも展示されている。

いのちを守るデジタルヘルス

万博のテーマである「いのち」につながる医療やヘルスケアに関するテクノロジーが数多く発表された。最も話題を集めたのは、大阪ヘルスケアパビリオンやパソナパビリオで展示されていた、ノーベル賞を受賞した山中博士が実現したiPS細胞で再生された実物の心臓などだが、その他にもバイオテクノロジーや高度なセンシング技術を組み合わせた近未来の医療構想も紹介されていた。

実用化が進む再生医療技術を用いたiPS心臓の実物や医療技術は来場者から高い関心を集めた。

AIをはじめ、VRやXR、ロボティクスを組み合わせた最先端医療は各国でも研究開発が進められており、スイス、ポーランド、ベルギー、ブルガリア、タイ、アンゴラといったパビリオンでは、デジタルヘルスを中心にこうした技術が紹介されていた。いずれの技術も安全性を確かめる臨床実験を経て数年以内に実用化することが見込まれており、そう遠くないうちにニュースで目にすることになりそうだ。

スイスパビリオンは最先端技術を週代わりで紹介。

タイは国全体でデジタルヘルスケアの開発に力を入れる。

ポーランドはデジタルヘルス分野の技術を多数紹介。

様々な医療技術が詳しく紹介されていた(写真:ベルギー)

いのちにつながる食についても万博ではいろいろなアイデアが披露されていた。3Dプリンターで加工できる培養肉や記憶した味を再現できるスマートキッチンなどがあり、これらは日本で開発され数年後の実用化が見込まれている。

日本が得意とする食と最新技術の融合は世界から注目を集めていた。

また、食に関しては最先端技術だけでなく、西アフリカ原産の雑穀「フォニオ」を使ってスーパーフードを開発するといった、現地でしか知られていない価値ある食材を見直して世界の食糧危機や栄養問題を解決しようという動きもある。食料廃棄や農家の支援といったところにも様々なアイデアが提案されており、万博が解決のヒントにつながるかもしれない。

AI、ロボティクス、ユニークな技術が世界を変える

前述したようにAIやロボティクスは、もはや特別な存在ではなくなりつつある。万博では未来というよりすでに身近なものになろうとしているAIやロボティクスをテーマにした展示もあちこちで見られた。

世界的なロボット工学研究者として知られる石黒浩教授のシグネチャーパビリオン「いのちの未来」では、50年後の未来に登場するアンドロイドやロボットたちが展示されていた。二足歩行型のヒューマノイドロボットは現在、世界でも開発競争が激化しているが、石黒浩教授が示すのはさらにその先で、不気味の谷を感じさせるほど人間味のあるものになっている。中でも最後の展示は1000年後の世界をイメージした幻想的なもので、海外からの評価が高かったという。

世界に先駆けて人間味あふれる未来のアンドロイドやロボットを展示

スイスパビリオンに展示されていた「サイエンス・ブレークスルー・レーダー」は、ディスプレイに表示される質問に答えるとAIがビジュアルを生成し、みんなで考える未来社会の姿を表示するというもの。ジュネーブ・サイエンス・ディプロマシー・アンティシペーター財団(GESDA)が開発し、プロジェクトとして万博後も研究を継続する。

生成AIを活用したコンテンツを通じて未来を考えるプロジェクトに参加できた。

スイスパビリオンのようにアートとサイエンスを組み合わせた展示では、メディアアーティストとしても活躍する研究者の落合陽一氏が企画したシグネチャーパビリオンnull2(ヌルヌル)が話題となっていた。インパクトがある外観の中はシンプルで床が鏡張りになった部屋しかなく、そこへ来場者が3DスキャンしたボディデータとAIを組み合わせたアバターをテキストと組み合わせて投影するという不思議な演出で、難解さでは群を抜いていた。会期中もシステムがアップグレードされ、AIを活用したからこそ実現できる展示になっており、パビリオンの人気ランキング(*1)では上位に入っていた。

AIを活用したアート性の高いnull2の展示は難解ながら人気が高かった。

*1:ビデオリサーチ調査

https://www.videor.co.jp/digestplus/article/consumer251127.html

大阪・関西万博とは、なんだったのか

大阪・関西万博では1970年の開催時のような”SFのような遠い未来の技術”よりも、社会課題を解決する実用的なアイデアやテクノロジーにたくさん触れることができ、万博が始まった当初のような各国がそれぞれ持つ技術をビジネスとしてアピールする場になっていたという印象がある。

一方で、技術がエンジニアだけのものではないという現実も見えた。研究、開発、社会実装、運用。その間には、企画、デザイン、ビジネス、国際連携など、さまざまな役割が存在している。AIやITに関心がある人ほど、『何を作るか』に目が向きがちだが、万博会場ではさらに『どんな社会課題に、どんな立場で関わるのか』という視点を来場者へ投げかけ、世界をより良くしようという人材を育成していこうとする動きも感じられた。

大阪・関西万博は、未来の技術を見せる場であると同時に、その担い手を静かに探している場所でもあった。展示を見て感じた違和感やワクワクは、これから学ぶ分野や関わる仕事を考えるうえでのヒントになるかもしれない。

数年後、万博で見た技術が日常に現れたとき、その一部に自分が関われていたら——。万博を機会に世界へはばたく人たちが増えてほしいものだ。

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