OpenAI のスタートアップ支援から見えてくる、これからのAI開発のあり方

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自然な会話を可能にするAIが専門家やクリエーターの分野でも力を発揮

まるで人間と話をしているように自然なやり取りができるAIチャットサービス「ChatGPT」が大きな話題を集めている。用意されたシナリオにあわせた回答しかできないチャットボットに対し、ChatGPTは自然言語処理技術を利用してテキストを生成する Generative AI で、柔軟な回答ができるのが特徴だ。

2022年12月に公開された最初のChatGPTは、OpenAIが開発した大規模言語モデル(LLM:Large Language Models)「GPT-3.5シリーズ」を会話(チャット)に適した形にトレーニングしたもので、人間からのフィードバックによる強化学習(human-in-the-loop)を行っている。開発に関する解説はOpenAIのサイトに公開されており、無料で誰でも使うことができる。

用途は幅広く、調べものをしたり、文章を書いたり、プログラミングしたり、いろいろな使い方ができる。AIには難しいとされていた小説や脚本などの創作分野でも能力を発揮し、最初から日本語にも対応していたことから、日本でも連日のようにニュースやテレビ番組などで取り上げられた。

ChatGPTの前にも入力したテキストから画像を生成できるGenerative AI 「DALL-E」を公開しており、この時も大きく話題になった。先日公開された最新のChatGPTはテキストと画像の両方で入力が可能な GPT-4 が使われており、学術的な専門性の高い分野でも人間に近い能力を発揮するとしている。

ChatGPT を開発するOpenAIは、AIを研究開発する非営利企業として2015年に米国で立ち上げられ、創業者にあのイーロン・マスクが加わっていたことで注目されていた。意見の違いにより1年でマスク氏が去った後は、2016年11月からMicrosoft がパートナーシップを結んでおり、AzureやBingなどのさまざまな製品開発で協力している。2019年には10億ドル、2023年には数十億ドル規模の追加出資を受けているが、OpenAI 自身もAIスタートアップに投資する活動を行っている。

よりよいAIの開発に取り組むスタートアップを支援する「OpenAI Startup Fund 」

OpenAI は設立時からの使命として、そう遠くない未来に登場するであろう ”AGI(汎用人工知能)” によって、すべての人類に利益をもたらす未来をつくりだすことをビジョンに掲げている。人間以上の能力を発揮するAIは、創造性や社会課題の解決で経済や社会を発展させる一方で、誤用や悪用による混乱や問題を招くリスクがあることも十分理解しており、対応策の一つとして優秀なAIスタートアップを支援する取り組みに力を入れている。

2021年にMicrosoftと始めた「OpenAI Startup Fund 」は、ヘルスケア、気候変動、教育など、社会課題に関する分野に革新をもたらすAI ツールやサービスを開発するアーリーステージのスタートアップに対し、計1億ドルを投資する取り組みで、プログラムにはOpenAI が開発するシステムの早期利用やAzure のクレジット、ファンドチームからのサポートなどが含まれる。極少数の限られたスタートアップだけが選ばれ、現在はDescript、Harvey、Mem Labs、Speakeasy Labsの4社が選ばれている。

Descript はポッドキャストを作成できるAIツールを公開しており、Harvey は弁護士の仕事をサポートする法務AIを開発中だ。Mem LabsはパーソナライズされたAIを活用できるワークスペース「Mem」を提供するサービスで、いずれも仕事や創造性をサポートすることを目的としている。

もう1社のSpeakeasy Labs はAI英語学習アプリ「スピーク(Speak)」を開発しており、2018年韓国でサービスを開始し、2023年2月9日に日本語版をリリースしている。すでに数多くのサービスが行われている英語学習アプリが、なぜOpenAI の投資対象に選ばれたのか。創業者に話を聞くと、なるほどと納得できる答えが返ってきた。

AIで語学学習の体験を変えることが教育を変えることにもつながる

Speakeasy Labs は、「語学学習の体験をより良くし、世界に向けてサービスを提供したい」という思いを持つ、CEOのConnor Zwick氏とCTOのAndrew Hsu氏の2人により2016年にシリコンバレーで創業された。彼らは外国語を学ぶには、たくさん会話を繰り返して話す必要があり、教科書も同じものを使っていると飽きて、内容も古くなるため、そうした課題にも対応できる技術を開発していた。

日本支部の代表を務める Yan Kindyushenko氏にアプリ開発の経緯について聞いたところ「音声認識技術など自社内で独自に開発している技術もたくさんありますが、より会話力を高めるため、外部の技術をいろいろ探しており、当時OpenAI が開発していたGPT-3やWhisperも使えるのではないかと考えていました。」と説明する。

日本支部の代表を務める Yan Kindyushenko氏

「プレゼンやビジネスに使える英語も大事ですが、食事中や休み時間のトークがきっかけで交流が深まり、場合によっては仕事につながることもあります。そうした何気ない会話を学習するには、留学やネイティブとオンライン対話学習するといった方法がありますが、それでも人と話すという部分でハードルが高いと感じる人もいるでしょう。そこにAIを活用すれば、気にせず何度でも繰り返し会話ができますし、場合によってはコミュニケーション力もつく。」

Speakeasy Labs では多様な人材が活躍している。

スピークのサービスだが、英語学習者のレベルに合わせてスピーキングをレベルアップできる「レベル別コース」と、日常生活や旅行、ビジネスなどのシチュエーションに応じた会話ができる「AI講師」、表現や発音がより細かく学べる「ミニコース」が用意されている。どのコースも「聞く」と「話す」を繰り返す音声中心の学習になっており、他の語学学習サービスに比べて、同じ時間で10倍以上話すため、苦手意識や恥ずかしさが克服できるという効果がある。

AI英語学習アプリ「スピーク(Speak)」の画面

現在は英語学習の需要が大きい韓国と日本で展開しているが、ほかの地域への展開も視野に入れている。ChatGPTに使用されているhuman-in-the-loopや音声認識モデルのWhisperは、会話を繰り返すスピークと開発面での相性が良いというのもあるが、将来的に教育の体験そのものを変えられる可能性への期待から、投資対象に選ばれたといえそうだ。

OpenAIが発表するものとあわせて注目すべきこととは

OpenAIは「OpenAI Startup Fund 」とあわせてスタートアップ創業者を対象にした5週間の支援プログラム「Converge」も実施している。ビジネスを成功させるのはもちろんだが、どちらかといえばアイデアを早い段階からより良い方向へとブラシュアップし、開発コミュニティへ参加するきっかけを提供することで、AIの開発を単なるビジネスの手段に終わらせないようにしたい、というねらいも見えてくる。

OpenAIはAI開発を発展させるためにさまざまな技術を公開しているが、思いがけない方向へ使われる恐れがないように公開する範囲と対象を絞りこんでいる。表向きに見えているより技術は先に進んでいると思われるが、革新的なアイデアを持つスタートアップと一緒にその使い方を考えていこうとしているのかもしれない。

国内でもChatGPTのAPIを活用したいろんな種類のサービスが登場しているが、Speakeasy Labs の話を聞くと、エンジニアは単なる技術の開発者ではなく、未来のビジョンを創造する新たな役割が求められているようにも感じる。例えばその使い方も、直接回答を求める便利な道具というよりは、新しいアイデアを生み出せるような質問をしたり、プロトタイプのバリエーションを検討したり、創造性を高めるパートナーと位置づけ、新たな可能性を広げていく方向で考えていくことが大事かもしれない。

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