神戸ポートアイランドに本社を構える株式会社 AquaFusion は、魚群探知機などに用い
られる水中超音波技術を扱うベンチャーだ。特許を取得した「超音波式水中可視化技術」
を柱にさまざまな研究開発を手がけ、海や漁業者を取りまく社会課題の解決に挑む。
「テクノロジーで海に恩返しをする」を経営理念に掲げる同社で、CEO を務める笹倉豊
喜氏、COO を務める竹内悟氏に、その事業とビジョンを聞いた。
AquaFusion の事業は、漁業・養殖・海洋開発の 3 領域にわたる。いずれの領域も、前出
の「超音波式水中可視化技術」を核として展開している。この技術は、長く魚群探知機の
開発に取り組んできた笹倉氏が、CTO であり共同創業者の松尾行雄氏と共に生み出したも
のだ。
「松尾は現役の大学教授で、コウモリやイルカが持つ生物ソナーの研究者です。エンジ
ニアの私に、異分野の松尾が話を持ちかけたのが始まりでした。コウモリやイルカが持つ
優れた生物ソナーの基礎研究に取り組んできた松尾には、水中超音波技術を革新的に前進
させるアイデアがありました」と笹倉氏は振り返る。
魚群探知機や船舶レーダーといった水中超音波機器の基本的な仕組みは、超音波を発信
し、魚や海底からの反射波を捉えて解析・画像化するというものだ。従来の機器には、発
信した超音波の反射波を捉えるまで、次の超音波を発信できないという制限があった。発
信される超音波が同一の周波数を持ち、連続で発信すると反射波を識別できないためだ。
このことが探知精度に限界を生んでいた。
超音波はおよそ秒速 1,500m で水中を伝わる。水深 750m の魚群や地形を探知するには、
単純計算で 1 秒を要する勘定だ。反射波を待たなければならない従来の機器であれば、探
知は 1 秒間隔になる。その間にも機器を積んだ船は動き、海中の状況も変化している。船
のスピードが速く、海底が遠くなるほど、得られる情報はより断片的でタイムラグを含ん
だものになる。この問題はおよそ 70 年にわたって不変の技術的限界であり、笹倉氏はこの
問題を「音速の壁」と捉えていた。
しかし、笹倉氏と松尾氏の共同研究がこの壁を打破した。世界で初めて、携帯電話の多
元接続方式としても知られる CDMA 方式で超音波をコード化し、個々の識別を可能にした
のだ。これにより超音波の連続発信が可能になった。反射波が立て続けに帰ってきても、
それぞれがいつ発信されたものか正確に識別できる。製品では秒間最大 40 回もの発信を実
現し、探知性能が飛躍的に向上した。従来の魚群探知機と、AquaFusion 社の製品
「AquaMagic」の画像を比較すれば、その差は歴然だ。
「AquaMagic は従来品のおよそ 10 倍の頻度で超音波を発信できます。水平方向に 10 倍、
垂直方向に 10 倍の探知能力を持つことで、画像の分解能としては 100 倍に及びます。従来
の魚群探知機は、その名のとおり『魚群』の探知に留まっていましたが、私たちの製品で
は、個々の魚体の識別が可能なレベルにまで性能が高まっています」と笹倉氏。
水中の魚の様子を、まさに目に見るように捉えられる。AquaMagic を生んだ特許技術を
「超音波式水中可視化技術」と名付けたことに、その自負がにじむ。将来的には大学と連
携し、蓄積したデータを基にした機械学習で、魚種を判別できるレベルまで性能を高める
計画だ。
実は、魚群探知機の性能そのものについては、従来品でもさほど漁業者からの不満はな
かったという。「魚群探知機メーカーに勤めていたころ、漁師さんに『あんたらがあんまり
いい魚探を作るから、私らが獲りすぎて魚がいなくなる』と冗談混じりに言われたほどで
す」と笹倉氏は笑う。
しかし、真摯な作り手ならば、ユーザーニーズを満たした段階で手を止めるのではなく、
より良いものの創出に挑み続ける。先の漁業者の言葉には、一つの課題が含まれている。
「魚群しか見えなければ、漁業者は売れない魚まで獲ってしまいます。しかし、海上か
ら魚の大きさを確認できるのなら、漁業者は商品になる魚かどうかを、獲る前に判断でき
ます」
獲りすぎに対するこの答えは古くから笹倉氏の中にあったというが、それをいかに実現
するかは長年の課題だった。それが、松尾氏との出会いを経て形になった。
「AquaMagic でそれを実現できました。これは漁業者の作業コストを削減すると同時に、
獲りすぎの防止、海洋資源の適切な管理にも繋がります。近年、乱獲による減少が深刻で
すが、人が古代から漁を続けても、海にはいまだ涸れない恵みがあります。工業型畜産の
限界が知られつつあるいま、今後の食糧問題を考えるにも、適切な資源管理に基づく漁業
は必須です。そこに貢献できる AquaMagic には、単なる『いい魚探』を超える価値がある
と確信しています」
笹倉氏は、日本は漁獲技術こそ高いものの、海洋資源の管理においては、欧米に大きく
後れを取っているという。AquaMagic の採用は今のところ研究機関が中心で、漁業者への
本格展開はこれからだが、笹倉氏自身も工具を手に組み立てを行う小さな機器に、日本の
漁業を大きく変える可能性が秘められている。
水中超音波機器のブレイクスルーに留まらず、AquaFusionの技術は養殖と海洋開発の分野でも成果を積み上げつつある。同社COOの竹内悟氏が各分野での取り組みを語った。
「養殖分野では、株式会社NTTドコモと業務提携し、2021年3月からサバ養殖に関する実証実験を進めています。まだ途上ではありますが、当社の技術で生け簀の中の養殖サバをモニターし、成長の度合いを判断して、適切な給餌管理に繋げるという内容です」
養殖魚の成長を確認するには、現状では人が調べる必要があるが、人力で調べられる数には限りがある。生け簀から魚を引き上げるのは重労働で、危険も伴う作業だ。また、工業製品ではない魚は一様には育たず、人力で調べられるのは表層の魚に限られる。確認したものは、あくまで群れの中の一例でしかない。
養殖業の中心的なコストは給餌であり、群れ全体の成長状況が明らかでないまま給餌をしている現状は、養殖業者に大きなロスを生んでいる。
「養殖業の総コストに対して、給餌コストは実に6割を占めます。魚の成長をモニターすることで適切な給餌管理ができれば、相当なコスト削減が見込めます。養殖生け簀の中は非常に魚の密度が高く、なかなか難しい環境ですが、現状では通常の海中環境と同じように、魚を個体ごとに判別し、サイズを表示する段階までこぎ着けました」と竹内氏。
すでに自動給餌器は広く普及しており、AquaFusionの技術が実用化されれば、養殖業の省力化がさらに進む可能性がある。餌のロスカットは水質保全にも結び付くだろう。
養殖は日本漁業の成長分野であり、養殖技術の安定は、事業者の経営のみならず、食糧問題の解決にも貢献する。収集したデータの解析によって魚の体重を割り出す取り組みも進んでいるといい、更なる成果が期待される。
「海洋開発分野では、AUVやROV(水中探査機)用センサーの開発を進めています。『海もCASE化の時代』と言われており、無人探査機の需要が徐々に伸びています。当社製品は従来のものより探知性能が高く、複雑な構造物や漁網の検知、海底付近での安全確保、海底マップ作製の高速化といった点に強みがあります。まだ少数が採用された段階ですが、海洋開発市場はエネルギー需要の高まりを受けて世界的な成長が予想されますので、将来に向けた研究開発に取り組んでいます」
さらに、近年、海のプラスチックごみ汚染の深刻な実態が知られるようになったが、AquaFusionはその解決の一助となり得る技術も持つ。「海中プラごみの検出実験に取り組んでおり、5mmの微小ごみの検出に成功しました。実用化にはプランクトンとの識別技術なども必要で、プラごみ検出はまだ技術の種でしかないのですが、未来のために育てています」と竹内氏。海中の微小プラごみの回収は、コストと技術の両面で不可能とも言われる難題だが、汚染状況の把握は、解決に向けた最初の一歩だ。
また、AquaFusionでは、独自の強みを活かした海中データベースの構築も進められている。竹内氏はこう説明する。
「我々には、『魚』単体の詳細なデータを持てるという強みもあります。『魚群』のデータ、あるいは水温や潮流のような環境のデータは既存のものが多くあるのですが、『魚』単体の行動やサイズのデータを収集できるのは、今のところ我々だけです。既存のデータと連携することでさまざまな展開が考えられ、新たな海中データベースの構築に取り組んでいます」
あらゆる産業で人手不足が常態化しつつある日本。ことに担い手の減少が深刻な第一次
産業では、効率化や省力化は必須の取り組みだ。しかし、これからの産業には、同時に環
境への目配り、持続可能性へのコミットメントも求められる。
笹倉氏は言う。「私たちは、目指す海の姿を『Sustainable Ocean』という言葉で表現し
ています。海は本来、人間が種を撒かずとも実りを与えてくれる、最高の循環型環境です。
私自身は、海に面した兵庫に生まれ、ただその海が好きで 50 年働いてきたようなものです
が、やはり次世代にも豊かな海を見てほしいと強く思います。私たちの技術が漁業者を助
け、社会を助け、ひいては海が守られて、次世代もその恵みに浴する。そんなビジョンを
持って、日々働いています」
機械技術者の笹倉氏と生物ソナー研究者の松尾氏。異分野の 2 人の協働から AquaFusion
の技術は生まれた。産官学と広く連携し、水中を可視化するその技術を様々に展開する。
事業フィールドである海のように開かれたその在り方は、今後どれほどの広がりを見せる
だろうか。
profile
笹倉 豊喜
Toyoki Sasakura
株式会社 AquaFusion 代表取締役社長、CEO。水産学博士。
1973 年、水中音響機器を扱う古野電気(株)に入社し、開発に従事。在職中の 1984 年、
戦艦大和探索プロジェクトに参加し発見に至る。同じく在職中の 1990 年、東京水産大学(現
東京海洋大学)から水産学博士を授与される。
古野電気(株)退職後、1999 年にフュージョン有限会社を設立。2010 年に東京海洋大学の
客員研究員に就任。2012 年に株式会社アクアサウンドを設立。一貫して水中超音波技術に
携わり続け、2012 年には海洋音響学会論文賞を受賞。
2017 年 1 月、株式会社 AquaFusion を設立。現在に至る。
竹内 悟
Satoru Takeuchi
株式会社 AquaFusion 取締役、COO。
2007 年、大手自動車メーカーに入社。生産管理部門で計画立案やシステム企画、海外企業
との合弁 PJT を担当したのち、海外営業企画部門において、市場販売分析、中期計画立案
などに従事。
2020 年 1 月、株式会社 AquaFusion に入社。現在に至る。