「見た目」はなぜ大切なのか?

人生を切り開く最強の武器「印象戦略」に迫る

人の「見た目」はなぜ大切なのか?この問いに、一体どれだけの人が明確な答えを出せるだろうか。「必要最低限の清潔感さえあればOKじゃない?」「いやいや、人間中身で勝負でしょ」。そんな声が聞こえてきそうだが、実は見た目(決して容姿のことではない)、すなわち“相手に与える印象”はあなたの人生を大きく変えてしまうほど強力なパワーがある。日本人には馴染みの薄い、この「印象戦略」を専門としているのが神戸情報大学院大学(KIC)の客員准教授であり印象戦略コンサルタントの乳原佳代(うはらかよ)氏。KICの内藤智之副学長との対談形式で、これまで誰も教えてくれなかった「見た目」の話に焦点を当ててみたい。

 

印象戦略は、誰もが身に付けることができるビジネススキル

2022年春に初の著書『学校でも会社でも教えてくれない「見た目」の教科書』(ダイヤモンド社)を上梓した乳原氏。新入社員からエグゼクティブまで、日常生活にもビジネスにも応用できる必読書として日本マーケティング協会の推薦図書にも選ばれている。

内藤:乳原先生は『「見た目」の教科書』を出版されただけでなく、国内外の要人の印象についてもメディアでコメントを求められるなど、幅広くご活躍されていますよね。先生の活動には興味津々です。本題に入る前に、この道へ進まれたきっかけを教えていただけますか?

乳原:元々は航空会社に勤めていましたが、退職後にイギリスへ留学しました。せっかくなのでクイーンズイングリッシュ(イギリスの貴族や上流階級の人たちが使う発音のことで、昔はRPと呼ばれる発音で話されていた。)を学びたいと、軽い気持ちで演劇学校の発声クラスを受講したのですが、なんとそこにはイギリスのビジネスマンたちがいたんです。彼らいわく、プレゼンや商談で成功するにはバリトンボイス(低くてずっしりとした男らしい声)の安定した声が信頼を得るために非常に大切とのこと。さらに、商談の相手や内容、誰と一緒に行くかによって服装まで変えると言うんです。驚くことに、印象をビジネスツールとして戦略化することは、欧米では当たり前のテクニックだったんですね。このスキルを学んで、日本の人たちにも伝えていきたい!と思いました。

内藤:ビジネスで成果を上げるために、声のトーンや服装選び、つまり自分が人にどう見られるのかという「印象」を日本人よりもずっと重要視していることに衝撃を受けたんですね。

乳原:そうなんです。私たち日本人って、「外見で人を判断しちゃいけません」と教えられてきましたよね。これは、外見で判断するのはあたりまえだが、外見で相手を蔑んではいけないということが省略されていたんです。欧米では子どものころから、きちんとした身だしなみで授業のプレゼンに取り組んでいるか、内容に服装がマッチしているかといった部分も評価対象になるんです。

内藤:自分が相手にどう見られるか?という考え方を小さいうちから気を配るように教育されているんですね!「人を見た目で判断しない」と育った日本人は、成功のチャンスを逃している可能性もありますよね。

乳原:そうですよね。ちなみに第一印象は、実は最短0.05秒で決まると言われているのをご存じでしょうか?人の印象は、会った瞬間、仕事を始める前から決まっているんです。内藤副学長は今日、女性にとって親しみのわくピンク色のシャツや温かみのある素材をお召しですが、隣でお話ししているとほっこりと優しい気持ちになります。これこそまさに、私が提案する印象戦略の一つなんですよ。

乳原氏の印象戦略コンサルタントとしての出発地点は、なんと遠く離れたイギリスの地だった。そして興味深いのが、「自分をどう見せるか」という“私”が主語の印象作りではなく、「相手が自分にどんな人物像を期待しているか」という“相手”を主語にして戦略を練ることが原則ということ。相手を知り、その場にふさわしい自分を演出する印象戦略とは、相手を敬う気持ちがあってこそ。詳しくはぜひ、乳原氏の著書を読んでみてほしい。

さて、出版されたのは2022年のコロナ禍。なぜこのタイミングで「印象」について発信しようとしたのか。

 

ディスプレイに映るすべてが「印象」になるオンライン時代

内藤:著書では、「オンライン時代だからこそ自分をプロデュースすべきだ」というメッセージもありました。どういった思いで書かれたのか教えていただけますでしょうか。

乳原:コロナ禍ではみなさんが大変な思いをして過ごされたと思います。これまでになかったオンラインの会議なども増えて、ディスプレイに一人ひとりが映る様子はまさにキャスターそのもの。背景に映りこむ情報一つとっても、その人の「見た目」の一部だなと思うようになったんです。

内藤:乳原先生ご自身にとっても、新しいオンライン時代に沿った戦略の必要性に気づかれたんですね。これ、本当に大切なことですが意外と盲点ですよね。相手は会社にいるけれど自分は自宅にいるという場合もあったりしますし…。

乳原:そうなんです。例えば相手がネクタイにスーツなのにこちらが自宅でラフな格好だと、相手への敬意を損なうことにもなります。そうした注意点も本で伝えたいと思い、『オンライン時代の印象戦略、どうする?』という章を設けました。

ビジネスのオンライン化がグッと進んだ昨今。Web会議で先方の背景にちらりと映る生活感が気になったり、対面にはないコミュニケーションの難しさに戸惑ったりした人も多いのでは。枠内に映る顔が画面上に並ぶ様子は、対面以上に「印象」が浮き彫りになってしまう怖さがあるが、逆に言えば自分を強くアピールできる絶好のチャンス、なのかもしれない。

「見た目」と「心」の意外な接点

ここまで印象の話を進めてきたが、実は乳原氏は上智大学グリーフケア研究所でグリーフケアを学び、同研究所の認定臨床傾聴士であることも興味深い。見た目と心。これらは相反するようにも思えるが…?

乳原:短大時代にお世話になったシスターと数年前に偶然お会いした際に、社長や政治家の印象戦略をお手伝いしているんですとお話ししたら、『あなたね、お辞儀の角度で人の心を救えると思っているの?もっと心のことを勉強しなさい』と言われたんです。それを機に、心のことを学び始めました。人間は生きている中で悲しみや辛さに直面します。グリーフケアは、そうした人たちの立場に寄り添うこと。「見た目」と「グリーフケア」がつながるとは私も思っていなかったのですが、シスターからの言葉があったから、困難な立場にある人に寄り添える存在になろうと思えました。

グリーフケアとの思いがけない出会いを経て、今度は「見た目」で苦しむ子どもたちとの出会い、そして新たな取り組みが始まった。

乳原:千代田区立麹町中学校の制服等検討委員会の委員長になり、新しい制服を作ることになったんです。アンケートを取っていくと、LGBTQの子どもたちや、宗教的に脚を出すことに苦痛を感じるイスラム教徒の子など、決められた制服を着るのが辛い子どもたちの姿がありました。こうした経緯があって、見た目で苦しむ子どもを救う世界初のSDGs制服が生まれることになりました。

学生制服への取り組みをきっかけに、ルッキズムを学び考える「日本ルッキズム考察協会」を立ち上げたばかりの乳原氏。外見的特徴のみでしか個人を判断しない社会のあり方を変え、多様性を認め合う世の中にするため、印象戦略コンサルトとはまた異なる新たな活動をスタートするそうだ。

世界に通用する「TPO×PPP=I」の法則

多様性はKICにとっても大きなキーワード。学生の出身国は90カ国を超えるワールドワイドな環境で、乳原氏の印象戦略をどのように取り入れていけばいいのだろうか。

内藤:多様な学生や教職員が一つの教育機関で学びを共にしています。90の国があれば、90の環境があり、90のストーリーがあると思うんですよね。同じ人はいないし、価値観も違います。乳原先生は著書の中で、なりたい印象を作る方法として「TPO×PPP=I」(※)という一つの法則を提案されていますが、これは国や年齢、性別を問わずに重要だという認識でしょうか?

(※)そのとき、その場面に合わせたベストな印象を導き出すための乳原氏オリジナルの法則のこと。学校でも会社でも教えてくれない「見た目」の教科書』より抜粋
TPO=Time(時間)Place(場所) Occasion(場面)、PPP=Position(立場)People(相手)Purpose(目的)、I=Image(イメージ)

乳原: PPPという言葉は前回の東京オリンピックの年に私が編み出しました。どういう立場で、誰に、どういった目的で会いにいくのか?というPosition、People、Purposeの頭文字であり、これは相手を重んじるということでもあります。例えば黄色いネクタイ。日本人の肌には似合いますし、人を集める色と言われている一方で、実は黄色を忌み嫌う国もあるんですよね。私たちの大切にしているものだけでなく、相手が大切にしているものを一歩踏み込んでお尋ねしたり調べたりすることで、相手への敬意が生まれると思います。その行動が外交の場で活かされると、争いや紛争も防げるのではないかと信じて研究をしています。グローバルな世界でみんなと一緒に共存していくこれからの世界。みんな違って、みんな良い、です!ぜひ若いみなさんにもこの法則を習得して、世界で活躍していただきたいですね。

乳原氏が取材中に何度も口にしたのが、印象戦略において「相手を敬う」という言葉。TPO×PPP=Iの法則のIはイメージ(印象)の頭文字であると同時に、I(自分)であり、相手を尊重し敬うI(愛)でもあるのかもしれない。なお、本記事で紹介した「学校でも会社でも教えてくれない 「見た目」の教科書」は全国の書店ほか、AMAZONでも手に入れることができる。 この法則を使いこなせば、きっと人生が大きく花開くはず。

profile

乳原 佳代

Kayo Uhara

印象戦略コンサルタント。キャステージ社代表。王室や世界の政治家を含む著名人の印象分析や情報発信などメディア出演多数。ロンドンのドラマスクールで発声やパフオーマンス全般を学び、伝えたい内容と服装・話し方など印象を一致させることで、より効果的に相手に伝わることを修得後、企業の会見トレーニングや要人の服装戦略などをコンサルティング。「ルッキズム」を研究し、ジェンダー、環境問題、宗教、疾病などに配慮して「誰ひとり置き去りにしない」学校・職場の制服や服装規定のあり方も提唱。

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