「多様性を活かし、テクノロジーで世界を変える」をミッションに、デジタルコンサルティング事業、プロダクト事業を展開する日本発のグローバルコンサルティングファーム「モンスターラボ」。現在、世界20の国と地域に拠点を持ち、社員数は70カ国以上の多様な国籍におよぶ1,400名以上。デジタルプロダクト開発においては特に、業界トップクラスの実力とスケールを誇っています。その最大の特徴であり強みは、世界中の人的資源を活用することで世界トップレベルのメンバーをアサインし、最強のチームでクライアントの課題解決にデジタルで臨むという、これまでになかったビジネスモデル。国を超え、既成の枠組みを超え、最適策を実現する存在として、今、各方面から熱い注目を集めています。
そんなモンスターラボと縁がある神戸情報大学院大学(KIC)。最近でも、2021年7月にKIC主催のウェビナーシリーズ『第5回 パレスチナにおけるICT×社会的投資』でパレスチナ自治区ガザでのエンジニアチーム立ち上げプロジェクトについて紹介いただきました。また、フルオンラインで授業を履修できるKICに、2022年4月からICTを活用して国際協力という仕事にもっとビジネスとして関わっていきたいという視点を持ち、東京に居ながら入学、フルリモートで目標に向かって日々勉学に励んでいるメンバーの方もおられます。
今回、モンスターラボの創業者であり代表取締役社長の鮄川宏樹氏をお招きし、KIC内藤智之副学長との対談を実施。デジタルテクノロジーを軸に、ボーダレス時代の人とビジネス、そして、教育の可能性について語り合いました。
内藤:私が鮄川さんと初めてお会いしたのは(独)国際協力機構(JICA)に在籍していた2016年、神戸市との取り組みで、久元喜造神戸市長や神戸の財界人とアフリカ・ルワンダへの訪問や、ルワンダのIT分野のスタートアップとの交流を行った際でした。多くの経営者のなかで一番真面目さが伝わってきて、鮄川さんがビジネスの世界展開を真剣に考えている姿が印象に残ったのを覚えています。今では業界に知らない人はいないほどの鮄川さんですが、当時から現在のビジネスモデルは頭にあったのでしょうか?
鮄川:モンスターラボの創業は2006年ですが、当初の事業は現在のものとは違っていて、インディーズのアーティストが自身の楽曲を発信する配信プラットフォームを創ることでした。インターネットの普及に伴って好みや価値観が多様化するなかで、“多様性を活かし、テクノロジーで世界を変える”という経営理念を掲げ、多種多様な才能をユーザーに届けたいという思いで会社を設立しました。しかし、なかなかサービスの収益化が上手く行かず、組織を維持していくために始めたのがモバイルアプリなどの受託開発でした。
日本ではエンジニア不足が深刻化していますが、その一方で、ベトナムやフィリピン、バングラディッシュなどを見渡すと、若く優秀なエンジニアがたくさんいるにも関わらず雇用の機会が少ない状況でした。海外の人材と協働すれば、国内のエンジニア不足を解消することができると同時に、諸外国の雇用機会の不足を解決できるのではと考え、2014年から現在のビジネスモデルを本格的に始動しました。2017年は欧州に、2019年には米国に拠点を開設し、さらに新たなエリアへ進出いたしました。
内藤:なるほど。私が鮄川さんに初めてお会いしたのは、まさに、これから世界に向けてどんどん進んで行こうとするタイミングだったのですね。あの時に感じた真剣さの正体が分かりました。以来、モンスターラボはものすごいスピードで拡大していったわけですが、世界のいろいろな国で多くの人材と出会ってきたご経験を通して、今の若者たちは「多様で一言では表せない」なのか、それとも「個々バラバラでも、根底には共有すべき大事なものがある」なのか、お考えをお聞かせください。
鮄川:両方の側面があると思いますね。コロナ禍を背景にテレワークが加速し、世界のどこでも場所を選ばず働けるようになり、今や国境や物理的な制約を超えて世界はフラットになりつつあります。とはいえ地域固有の状況なども強く残っていて、特にお客様の近くで小さなプロダクトチームでクイックにプロダクト開発を進めるアジャイル開発では、やはり同じタイムゾーンのエリアで働く方が良い。一方で、ひとつ言えるのは、日本国内のマーケットが縮小していくなかでは、何らかの形で海外と連携するか国外でも働ける能力が不可欠になるということ。言語を含め、そのためのスキルを身に付けることが今後ますます重要になっていくと思うし、日本の将来のためにもそうあるべきだと思っています。
内藤:多様性の時代、KICにもそれぞれ異なるバックボーンを持つ学生が集まり、いろんな夢や希望に向けて学んでいるなかで、なかなか一つの共通したメッセージは出しにくくなったなと感じます。御社では全世界で国も文化も価値観も異なる1,400人以上の社員が、モンスターラボというワンチームで活躍されておられる訳ですが、共有するフィロソフィーや、求める人材像はあるのでしょうか?
鮄川:当社では大切にしている4つのバリュー「Amplify your impact」「Be borderless」「Create value」「Do what’s right」を世界の仲間たちと共有しています。なかでも「Be borderless」が体現する、さまざまなバックグラウンドやスキル、価値観を持つ人達がいる環境のなかで、お互いを尊重して違いを理解し、新しいものをクリエイトしていくことをとても大事にしていますね。そういう環境を面白いと思える人は十分に活躍できるし、新しいテクノロジーを使って世の中をポジティブに変えていきたいというマインドを持つ人には、たくさんのチャンスが広がるでしょう。
内藤:ボーダレス時代に向けて、社内での言語を英語に統一する企業もあるようですね。
鮄川:特にルール化はしていませんが、日本語が分からない人には英語を使いますし、エンジニアチームは国内でも多国籍なので必然的に会話は英語になりますね。経理や人事などの管理部門に関しても海外拠点との国境を超えたやりとりが必須で、英語でのコミュニケーションはもはや当たり前になっています。
内藤:そうなると、英語が出来ない・苦手という人にとっては厳しい環境と言えそうですね。技術に関する知識ややる気はあるのに、語学力が足かせになってしまうとか……。
鮄川:モンスターラボでは英語のトレーニングプログラムや無料英会話レッスンなど、さまざまな学びの環境を用意しています。でも、そうした語学やテクノロジーなど専門スキルも大事ですけど、一番重要なのは新しい環境で新しい価値を生み出そうとする意欲やマインドです。Be borderlessな環境で自分の可能性を広げたいという想いを持つ人が、モンスターラボに集まっているという感じがします。
Be borderlessな環境で自分の可能性を広げたいという想いを持つ人が、モンスターラボに集まっている
内藤:ところで、鮄川さんが世界をより良く変えたいという想いを抱くようになったのは、何か原体験のようなものはあるのでしょうか?
鮄川:特別な体験があった訳ではないのですが、母がクリスチャンで、里親になっていたフィリピンの孤児と毎月手紙をやりとする様子を見ていたこともあり、いつしか自分も世界で貢献できる人になりたいと、自然に考えるようになっていました。
内藤:その想いこそが鮄川さんを作っているDNAというか、想いが増幅されて、モンスターラボのビジネスにつながったと。
鮄川:そうですね。創業時より事業内容こそ変わってきていますが、「多様性を活かし、テクノロジーで世界を変える」という想いや世界観は変わっていなくて、紆余曲折を経てようやく本当にやりたいことへのスタートラインに立てたところだと思っています。
内藤:ウェビナーで紹介いただいたパレスチナ自治区ガザのエンジニアチーム立ち上げプロジェクトも、想いを体現する事業のひとつですね。政治的にも非常に難しい地域で雇用を生み出す取り組みは困難や課題も多いと思いますが、敢えてそこに踏み込み、ビジネスをやろうとお考えになられたのはなぜなのでしょう。
鮄川:デジタルの仕事は、国境を越えて物理的な制約なくできる仕事の1つです。それを最も必要としているのがガザのような厳しい状況にある地域だと考えたからですね。世界最悪とも言える失業率に、雇用を生み出し、社会の中で自分も必要とされているというアイデンティティを生み出す事業をしたいと強く思ったのが始まりです。
内藤:他にもソマリアやホンジュラス、マリなど、厳しい状況に置かれている国や地域はまだまだあります。今後も、そうした難しい場所に敢えてアプローチしていくお考えですか?
鮄川:支援目的がある前提で、ビジネス的にも合理的な形で貢献できる状況をつくることが出来れば、可能性は十分にありますね。情熱を持って「自分はこれをやりたい!」と声を挙げる仲間が出てくるかどうかも事業の立ち上げ、成功には不可欠です。実際、南米コロンビアでは貧困エリアからの人材採用を進めていますし、ウクライナでも困難な状況下で雇用を継続する努力を続けるなど、世界のさまざまな場所でタレント(人材)をエンパワーしようとしています。
内藤:単なる“支援”に止まらず、問題解決のなかから新たなビジネスチャンスを生み出しているイメージですね。事業や仕事のチャンスを創り出すことで、未来を拓いていくと。
鮄川:社会問題へのアプローチとして、持続的であるためにはビジネスとしての収益性も重要です。人にとって仕事とは、収入を得る手段であるだけでなく、社会の一員として世界に貢献していることを実感するアイデンティティの創出です。人が生きる意味、自らの存在意義を感じる場の提供こそが、モンスターラボのミッションでありビジネスなんです。
内藤:現在、KICで学んでいるモンスターラボのメンバーのように、開発途上国に関心を持つ若者は増えているように感じます。彼らの存在は社会的に貴重で、リカレント教育的に自ら学んで自らの仮説を現場でも実証していくことで、第2、第3の鮄川さんを誕生させることができるのではと、希望が膨らむような想いがあります。
鮄川:全体の比率でいえばまだ少数ですが、確かに増えていますよね。時代の流れとともに若者の価値観が変化していて、サステナビリティとか世界の他の地域への関心も含めて、世の中に貢献するということを一つの価値観においている若者が増えていると実感します。
内藤:日本政府も最近は、成長産業への人材シフト必要性に鑑みて、リスキリング支援に5年間で1 兆円を投じると表明しました。学びの機会に予算がつくのは良いことですが、具体的にはどう展開されるかが重要ですね。
鮄川:義務教育中の英語とか海外と触れる機会など、出来るだけ早い段階で世界を学ぶ環境をつくって欲しいですね。10代のうちに何かしらの原体験があれば、その後のキャリアや人生が大きく変わると思うので。そういう意味では、国内はもとより新興国や途上国から優秀な若者が集まっているKICの役割は、今後ますます重要になるでしょうね。日本に居ながらにして世界の仲間たちと問題解決に取り組むことができる。企業としても、共同研究やコラボレーションによるプロジェクト、人材育成の機会など、いろんな可能性を感じます。
内藤:KICが追求する学びは、単に知識や技術の習得ではなく、社会問題を解決するための発想力や思考力、行動力などを含めた“人間力”の向上です。だからこそ、モンスターラボのような企業とより良い学びの機会を創ることができれば本当に嬉しいですね。
鮄川:企業でも教育現場でも、大人は足枷になってはならないし、逆に若者は大人の既成概念とか秩序を無視してどんどん新しいことをやって欲しい。
内藤:政府や大人、社会が、そんな若者の変化や成長を支えてあげられる世の中でありたいですね。そして、そうした環境のなかで鮄川DNAのようなものが引き継がれていけば、日本はもっとより良く変わっていけるはず。モンスターラボと一緒にそんな世界を創り上げていけることを、愉しみにしています。
人とビジネス、教育、世界のあらゆる存在がボーダレスとなりつつある時代に、モンスターラボとKICがこれからどんな多様性のある世を創り上げていくのか、とても楽しみです。
profile
鮄川宏樹
Hiroki Inagawa
1975年生まれ。外資系コンサルティングファーム、テクノロジーベンチャーなどを経て、2006年に「多様性を活かし、テクノロジーで世界を変える」というミッションを掲げモンスターラボグループを創業。世界20の国と地域でデジタルコンサルティング事業等を展開しながら、SDGsの一環としてパレスチナ・ガザ地区での雇用創出など、事業を通じた社会貢献にも意欲的に取り組む。また、2021年より地元である島根県出雲市のCDO補佐官を務める。