世界トップの計算力で社会に貢献するスーパーコンピュータ「富岳」

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神戸育ちの2代目スーパーコンピュータ

1940年代半ばに誕生した電子式計算機ことコンピュータは、80年ほどの間にその性能は飛躍的に向上させ、今や人類に不可欠なものになっている。中でも高い計算力を持つスーパーコンピュータ(以下、スパコン)は世界で開発競争が激化しており、日本でも世界最高水準の性能を持つマシンが開発されている。

その一つが、神戸ポートアイランドの理化学研究所・計算科学研究センター(以下、研究センター)にあるスパコン「富岳(ふがく)」だ。国産コンピュータのフラッグシップとして開発されたスパコン「京」の後継機として理研と富士通が共同で開発し、2021年3月から共用されている。先代「京」の40倍にあたる計算力を持ち、国際的なスパコン性能ランキングである「HPCG(High Performance Conjugate Gradient)」と、「Graph500 BFS(Breadth-First Search)部門」において、9期連続で首位を獲得(2024年5月発表)している。

「富岳」は神戸・三宮からポートライナーで15分の場所にある理化学研究所・計算科学研究センターで運用されている。

富岳の目的は、アカデミックでの研究や公共に役立つ社会基盤として定着させることにある。計算性能だけでなく使いやすさにもこだわり、世界最高水準の成果を生み出すことを目指している。例えば、サイバー空間でモデリングした仮想社会、いわゆるデジタルツインを用いて、実社会が抱える課題解決策を繰り返しシミュレーションし、新たな価値を生み出すことにつなげるといったことができる。これまでに、基礎科学やライフサイエンス、気象、防災、エネルギー、ものづくりまで幅広い分野で活用され、さまざまな社会課題解決に役立てられている。

具体的な活用事例としては、新型コロナウイルスの感染が拡大した際に、ウィルスが飛沫やエアロゾルによりどのように飛散するかを予測し可視化するシミュレーションを公開し、有効な対策につなげたことが知られている。また、2020年8月には世界初となるリアルタイムゲリラ豪雨予報の実証実験を成功させている。

理化学研究所・計算科学研究センターの全貌(模型) 。ここに世界最高水準の性能を持つマシンがある。

理研では富岳を運用とあわせて一般公開もしている。神戸情報大学院大学(KIC)の学生たちが参加した見学ツアーを通して、改めて富岳の魅力を知っていただきたい。

432台の青いマシンがずらりと並ぶ

研究センターの建物は、1階にエントランスと展示エリアがあり、富岳は3階にある計算機室に設置されている。ツアーでは6階にある見学者ホールから計算機室を見ることができる。富岳は1台の大きなスパコンではなく、複数の計算機ラックをつないで計算を行うように設計されており、全体では432ラックで構成されている。ずらりと並んだ富岳を見るのはなかなか圧巻でもある。

富岳の開発は2014年にスタートし、2019年に製造が開始されたが、ちょうど新型コロナウィルスの感染拡大と重なったため、ラックの搬入作業など設置には苦労したそうだ。前述した飛沫シミュレーションなど活用の必要性はますます高まっており、結果的に予定どおり組み上げを終えることができたという。

1階の展示エリア。

富岳の中身。ちなみに「富岳」は富士山の異名で、日本一の高さと裾野の広がりを持つことをイメージして名付けられた。

6階の見学ホールは、計算機室の中に432台の富岳が並ぶところをガラス越しに見ることができる。

富岳は”スーパーコンピュータ”だが「普通のマシン」であることが大きな特長となっている。一般的な汎用ソフトで動かすことができ、シミュレーションやビッグデータ、AIなど、幅広いアプリケーションで最高性能を発揮するように設計されている。演算処理を行うCPUはスマホにも使われているArm社のものを採用し、OSはLinuxのレッドハットが搭載されている。

理研の高度研究支援専門職を務める太田良隆氏は「スパコンの設計はいろいろな考え方があり、理論上は計算能力を早くするほど賢くなるのですが、実際には計算に無駄がでたり、消費電力が大きくなったり、廃熱も大きくなります。富岳はその点を考慮して、CPUでも十分に計算能力を高められてロスが少なく、消費電力とのバランスも考えた構成にしています」と説明する。

高度研究支援専門職を務める太田良隆氏が学生からの質問に答えてくれた。

世界に貢献するスパコンを間近に見て刺激を受ける

学生たちの富岳に対する関心はとても高く、ツアーでは時間を超えるほどたくさんの質問が寄せられた。

これだけの台数をどのようにメンテナンスしているのかという質問では、「基本的には研究センター内で管理しており、CPUの交換や修理なども随時行い、場合によっては外部に修理を依頼することもある」という。CPUは全体で16万個ほどあるため、月に2〜3個は交換しているそうだ。運用とセキュリティも同様で、研究センターにモニタリング室があり、異常があった場合はすぐに対応できる。建物は免震構造なので地震への備えもできている。

日本人学生だけでなくアフリカをはじめとした世界中の学生からも関心が高いようだ。

どうすれば富岳を使えるのかという質問には、「国の法律で定められた共用施設なので、国内外の研究者に広く利用いただけるようにしています。日本法人も対象に含まれ、事前審査を通過すれば使用できますが、申し込みが増えているため順番待ちが続いている状態です」という回答だった。本格的な利用を依頼する前に1000時間のお試し利用もできるが、さらに利用機会を拡大するため、クラウド上で富岳と同じような計算が行える「バーチャル富岳」が先日リリースされた。要望が増えていた基礎研究以外での、生産や製造といった産業に関わるところでも使えるようにしており、AWS(アマゾンウェブサービス)を通じて使うことができる。

「富岳」のリッチなソフトウェア環境を「世界中で」「誰でも」使えることを目指す。(参照:理化学研究所計算科学研究センターHPより)

あまり目にする機会がないスパコンを間近に見て、それが身近なところで使われていることに学生たちは大きな刺激を受けたようだ。ツアーを終えた学生からは「日本トップクラスのスパコンにCPUが使われていて、そうした構造設計だけでなく、地震や気象などで不可能と思われた問題を解くことに使われていたのを知ることができ、視野が大きく広がった」といったコメントや「開発に携わった人から苦労話を聞くことができたのが良かった」といった感想が寄せられた。また、富岳は利用の機会を広げており、学生たちが何かの研究や課題への取り組みで使える可能性があるのを知ることができ、さらに関心が強めているのを感じられた。

研究センターでは学校等の教育機関、企業等の団体を対象に見学ツアーを受け付けており、個人や一般を対象としたイベントを通じた公開も行われている。神戸のスーパーコンピュータが社会にどのような関わり方をしているのか、運用の成果もあわせて知ることができるので、気になった方はぜひ一度訪れてみてほしい。

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