国際協力から社会起業へ     JICA「BLUE」誕生の理由

特別対談 JICA 青年海外協力隊事務局長 × 神戸情報大学院大学 副学長

独立行政法人国際協力機構(JICA)は、2023年10月からJICA海外協力隊経験者向けの起業支援事業をスタートした。本事業の業務は、『9割の社会問題はビジネスで解決できる』の著者としても有名な田口一成氏が代表を務める株式会社ボーダレス・ジャパンが、JICAから受託している。2024年3月には同事業の名称を「BLUE(Break the Line, Unleash your Entrepreneurshipの略)」と改めて、これまで数多くの社会起業家を輩出してきたボーダレス・アカデミー監修の下での起業伴走プログラムの実施や、多彩な「問い」から社会価値を生み出す共創拠点であるSHIBUYA QWSにJICAスタートアップハブも開設した。
他方、神戸情報大学院大学(KIC)も「Social Innovation by ICT & Yourself」(ICTと人間力による社会課題解決)を学是とし、多くの修了生が国内外でこの実践に励んでいる。ここに親和性を感じ、この度、青年海外協力隊事務局長である橘秀治氏(※橘氏自身もJICA海外協力隊の経験者)とKICの副学長である内藤智之氏が「BLUE」をスタートした経緯や意図、そして今後の展望について語り合った。
内藤氏は現職以前JICAに勤務しており、奇しくも、この両名はJICAの社会人採用の同期でもあり、デスクも隣だった時代もあるとのこと。今は、立場こそ違うが共にJICAとKICにて社会起業家の育成に携わっている。

社会の変化に合わせたJICA海外協力隊事業の価値の見直し

JICA海外協力隊事業は、2003年頃から応募者数が右肩下がりになってしまっている。社会背景としては、2000年代、メディアから「内向き志向の若者」という言葉が生まれるほど、同事業のメインターゲットとなる若者が海外にあまり目を向けなくなり始めた。その後、2008年をピークに日本が人口減少に転じ、2011年には東日本大震災が起こり、多くの人が日本国内の社会課題に関心を強く向けるようにもなった。そして何より、コロナ禍で海外に協力隊員を派遣できなくなり、同事業が事実上の一時停止状態になってしまったことも大きい。もちろん、こうした社会背景は、応募者数の減少の直接的な要因とは限らない。そのため、JICAとしても「新しい時代の協力隊事業のあり方」について有識者懇談会を開催するなど、さまざまな議論をこれまで行ってきた。

その中でも特にJICA海外協力隊を経て、国内外で活躍している人材にフォーカスを当て、さまざまな施策を実行している。

内藤氏から対談冒頭に「BLUE」をはじめとした青年海外協力隊事務局の方向転換について、どんな経緯があったのか橘氏に投げかけた。

神戸情報大学院大学(KIC) 内藤智之副学長

内藤「青年海外協力隊事務局が、東京・渋谷のド真ん中にJICAスタートアップハブを構えたり、起業伴走プログラムを開始したり、良い意味で衝撃でした。BLUEという取り組みについては、これまでの経緯も公開情報から多少は理解していますが、いつ頃からJICA内で議論され、どういった経緯で生まれたアイデアだったのでしょうか?」

独立行政法人 国際協力機構(JICA)青年海外協力隊事務局 橘秀治局長

「これまでも協力隊の帰国後支援としては、帰国隊員の就職をサポートしてきましたし、今も継続しています。

ただ、私が事務局長として着任する少し前より、帰国後に何かしらの社会課題解決のために起業する協力隊経験者が、私自身が協力隊員だった時代より増えていて、その活躍ぶりを数多く耳にするようにもなっていました。そこで、“これは何かニーズがあるのでは?” と事務局内でも話題になったのが始まりでした。

また、そのタイミングで2003年頃からつづく応募者減少に対する協力隊事業のリブランディングの議論もJICA内で進められており、協力隊事業の新たな価値を体現する施策の1つとしてBLUEを実施していこうとなりました。

実際、BLUE以外にも2年前から、『グローカルプログラム』といって、駒ヶ根と二本松で行われるJICA海外協力隊の派遣前訓練のさらに前に、日本のさまざまな地域に飛び込んで、2~3カ月程度、受入組織・団体とその地域の課題解決に向けて活動する派遣型のプログラムを開始したり、先ほど話していた帰国後、さまざまな分野で活躍している協力隊経験者を表彰する『JICA海外協力隊帰国隊員社会還元表彰』を1年前から開始するなどしています」

内藤「なるほど。確かに社会還元表彰で受賞されていたインスタリムの島泰さんをはじめJICA海外協力隊経験者からの社会起業家というキャリアは増えてきていますね」

JICAスタートアップハブには、国内外で活躍しているJICA海外協力隊経験者でもあり、社会起業家でもあるメンバーのパネルが展示されており、また、各地域で開催しているBLUEのイベントにも同メンバーが数多く登壇している。皆それぞれJICA海外協力隊員として派遣された国での経験が大きなカギとなり、帰国後に事業として自らの想いをカタチにしている。

内藤「BLUEをはじめ、いくつかの新たな取り組みを段階的に実行しながら、最終的にはひとつのパッケージみたいにしていくようなイメージですか?」

「そうですね。BLUEをスタートする時に、きっちり構想していたわけではないですが、1つ1つ点として始めた新たな取り組みたちが、ここ半年くらいで従来の協力隊事業とも線で結ばれて、ひとつの塊になりだしてきたなと感じています」

内藤「また今回、BLUEのホームページを拝見して、アドバイザーやメンターの豪華さに驚きました。例えば、モンスターラボ・グループの鮄川(いながわ)社長は、JICA海外協力隊の経験者というわけではないですが、まさにICTで社会課題解決を担っている日本を代表される経営者で、起業相談のアドバイザーとしては最高な人物だと思います」

「このあたりは、やはりボーダレス・ジャパンさんと連携できたということが、良かったです。

ここ2年間の取り組みを通じて、色んな方面からJICA海外協力隊が変わってきているとの嬉しい声をもらっています。例えば、2024年4月からBLUEの取り組みとして開始された『起業伴走プログラム』にも、30名の定員に対して国内外から68名もの応募があり、最終的には選考を経て24組25名の方が参加することになりましたが、参加メンバーからも好評です」

BLUEでは、さまざまなミートアップ企画も開催されており、起業伴走プログラムに選ばれなかった人でも、選考に落ちたことをめげることなく、自分の事業アイデアに何が足らなかったのか情報収集をしたり、想いをカタチにするための学びを進めるなど、参加者の熱量が非常に高い。こうした協力隊経験者の行動変化もBLUEの大切な成果の1つだろう。

渋谷キューズにて月に1度のミートアップ企画も開催

JICA海外協力隊から帰国後に抱く想いは、今も昔も変わらない

内藤「もし、橘さんが今、帰国して間もない協力隊員の立場だったら、BLUEをどのように活用しますか?」

「協力隊員は、解像度はまちまちですが、今も昔もそれぞれ何かしらの問題意識や消化不良だった想いを抱いて帰国していると思います。

私も“(派遣国だった)インドネシアの教育問題をどうにかしたい”というフワッとした想いを抱いて帰国したのを覚えています。例えば、私が隊員時代のインドネシアの田舎では、小学校は全員通えていたが、中学校から通えなくなる子がいたりして、高校進学となるとお金持ちの家庭の子しか通えないという状況でした。そのため、教育を受けたくても受けられない子どもたちに教育機会を提供したいとの問題意識がありました。

ただ、その問題をビジネスで解決しようとなると、乗り越えていく壁がたくさんあると思うし、壁を越えるために必要な何かがわからなかった。だから、私が帰国当時、もしBLUEを使えるなら、既にビジネスで社会課題解決に取り組んでいる経験が豊富なボーダレス・ジャパンさんから、その壁を越える方法を勉強させてもらうと思います」

協力隊員は学びたての派遣される国の文化や言語を駆使して、自分の役割を模索しながら、2年間ボランティア活動をする。とにかく試行錯誤の連続で、赴任国で何か大きな社会課題の解決に寄与できたという成果につなげることは大きなハードルだ。それでももがきながら赴任国で「何か」を掴み、「国際協力をやり切った」とは思っていないからこそ、日本に帰国した隊員の多くがボランティア経験の社会還元として、今も国際協力に多角的に関わっているのだと思う。橘局長も協力隊時代にインドネシアの教育問題に直面し、帰国した後も同じような想いだったのではないだろうか。

「私自身も、協力隊員として帰国した後、インドネシアの教育や貧困の問題に携わりたいとの想いがあり、JICAの社会人採用を受けて就職しました。

それで、実際に何度目かの人事異動で、インドネシア事務所にも配属され、インドネシアの教育保健問題をJICA職員として担当させてもらえました。そこで、隊員時代にやり残した想いも”少しは”カタチにできたと感じています」

橘局長のように、協力隊員として現地の人と共に暮らしながら活動をしていくと、おのずと社会課題解決への想いは強くなる。橘局長の“少しは”という言葉は、まだまだカタチにし切れていない想いもあるのだろう。だからこそ、「BLUE」というJICA初の試みに、これまでも、そしてこれからも挑戦しているのだと思う。

現在73ヵ国1,262人がJICA海外協力隊として活動しているとの展示もあった(2023年12月31日時点)

それぞれの想いをカタチにするための仕組みを創る

協力隊員の帰国時に抱いている想いをカタチにする手段の1つとして「起業」がある。BLUEは、まさにその起業を支援する取り組みでもある。具体的にはどういったことを行っていて、どんな人が参加しているのだろうか。

内藤「実際、BLUEでは、どういった起業支援をしているのでしょうか?アドバイザーの方が事業アイデアの磨き込みや資金調達の仕方なども教えているのでしょうか?」

「アドバイザリー制度では、おっしゃっていただいたような資金調達の方法など個別具体のビジネスに関する相談を起業家の先輩にできます。

また、起業伴走プログラムは3カ月間のプログラムで、仲間同士でのディスカッションを通じて、自らが描いているビジネスモデルに対する新たな気づきを得たり、メンターと呼ばれる先輩起業家の方から事業アイデアに対するフィードバックをもらい磨き込みができます」

内藤「今回、起業伴走プログラムに参加している25名は、どういった方がいて、どんな目的意識を持って参加しているのでしょうか?」

「プログラムは概ねオンラインでの実施ということもあり、選考を経て参加している協力隊経験者メンバーは、日本国内では北は岩手から南は鹿児島までと幅広く、海外からも3名が参加しています。目的意識としては、既に起業をしており、事業をさらにスケールさせたいメンバーから、現在、構想中のビジネスプランを磨き込んで起業することを目指しているメンバーなど幅広いです」

「BLUE起業伴走プログラム」では、1日かけて行う「1day集中講座」でソーシャルビジネスの基礎を学び、その後3ヶ月でビジネスプランを完成させる本格的な「社会起業プログラム」により、社会課題解決を目指す起業・事業のブラッシュアップを実現する実践的プログラムを提供している。

内藤「参加メンバーの問題意識としては、どうでしょうか?橘さんの隊員時代と何か違いの有無などはお気づきになっていますか?」

「そうですね。根っこにある想いは、今の協力隊経験者も変わってはいないと思います。

ただ、問題意識や社会課題に対する視点は、明確に私の時代と違うなと感じる部分があります。私の隊員時代だと、やはり問題意識や視点は、協力隊員として派遣された国の社会課題に向くことが多いのですが、今は日本国内にある社会課題や国・地域に限定されない分野に視点を向けているメンバーが多いですね。実際、今回の4割の参加メンバーが日本国内の社会課題をテーマにプログラムに取り組んでいます。

また、そうした意識はJICA海外協力隊の応募者にもあらわれていて、日本国内の過疎の問題に取り組みたいから、海外で経験を積みたいとJICA海外協力隊に応募している方もいました」

内藤「それは、すごいですね。日本の社会課題解決の仮説を持って、海外で仮説の参考情報を取りに行こうとしているわけですね。

ビジネスとしての再現性みたいなこともメンバーも含めて関心層は考えているのでしょうか。KICでも学生がビジネスモデルの組み立てを修士課程で行うのですが、その際に1つの国の社会課題だけでなくヨコ展開できるかどうかまで考えるように、教授陣が指導しています」

「再現性は考えていると思います。例えば、ウガンダで起業されているSUNDAの坪井さんも“アフリカ全体の水問題を解決したい”という目的意識の下、まずはJICA海外協力隊員として派遣されたウガンダから従量課金型の自動井戸水料金回収システム事業をスタートさせています。

最近、感じるのはJICA海外協力隊をはじめ社会課題解決に関心を持っている若者は、自分たちの想いをカタチにするために柔軟に変化を受け入れて、アクションをしつづけているなということです。

そして、青年海外協力隊事務局にも数多くの話が届くほど素晴らしいロールモデルの方々が誕生していて、彼・彼女らを目指して挑戦をスタートさせる人たちが生まれているという良いサイクルができ始めています。BLUEも、そうしたサイクルを創りだす1つの取り組みとして継続していきたいと考えています」

ウガンダで起業されているSUNDAの坪井彩代表取締役CEO 先輩起業家のリアルな声もWEBで発信している。

長年、国際協力に携わってきた二人の対談を聞きながら感じたのは、間違いなく国際協力のカタチが変わってきているということ。それは、これまで社会課題の解決に取り組んできた成果があらわれ、社会が変化している証拠でもあると思う。もちろん、それでも未だ解決に至っていない社会課題も存在しているし、変化とともに新たな社会課題が生まれてしまっていることもある。

ただ、そうした社会変化に対応しながら未知なる挑戦をしていくのも、JICA海外協力隊経験者ならではの特性であり、そうした中で「BLUE」のスタートは、今までのJICA海外協力隊事業が変わる一つの分岐点になるのかもしれない。

「JICA海外協力隊の参加に関して、“世間一般のレールから外れてしまった” や “2年間をムダにしている” といったネガティブなイメージを持たれる方も、まだまだいらっしゃると思います。だからこそ、“JICA海外協力隊に行くということがキャリアアップにつながるのだ“ ということを本当に知ってもらいたいと考えています」

これからの国際協力をカタチづくる大きな流れに

内藤「これだけICTが発展したことで、住んでいる国・地域に関係なく、BLUEの起業伴走プログラムが受けられたりするのは、非常に良いことですね。25年ほど前の、私たちがJICA社会人採用初年度時代では簡単にはできなかったことも、インターネットによって実現できることも増えている今だからこそ、私たちもICTを活用したイノベーションで、起業を志す若者たちをこれからも支援していきたいと考えています」

「そうですね。空間とかコストとかをブレイクスルーしてくれるのがICTの力だと思うので、ぜひICT4D(デジタル技術による国際開発)を学んでいるKICの学生さんにも修了後にJICA海外協力隊に参加してもらい、BLUEを活用してもらいたいです。

また、日本は課題先進国と言われて久しいですが、課題が多いからこそ課題解決先進国にもなるチャンスがあると思います。そのためには、解決方法の具体化とチャレンジをつづけることが大事になってきます。

だからこそ、その力を磨くためにもJICA海外協力隊とBLUEへの参加を選択肢の1つにしてもらいたいですね」

残念ながら渋谷キューズに拠点を構える「JICAスタートアップハブ」は、JICA海外協力隊起業支援プロジェクト「BLUE」の第1期終了に伴い、2024年7月15日をもって一旦クローズとなったが、現在までに日本の国際協力として1つ1つ打ち出されている取り組みがつながり、大きな流れを生みだしそうな予感があり、「BLUE」がさらにパワーアップしてフェーズ2、フェーズ3・・・と続くことを期待している。

BLUEから誕生する社会課題解決の新たなビジネスが楽しみだ。

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