AI時代に不可欠なハイパフォーマンスコンピューティング技術の国際会議が日本で開催

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「SCA/HPCAsia 2026」が日本で初めて開催

スーパーコンピュータ「富岳」をはじめとするHPC(High Performance Computing/ハイパフォーマンスコンピューティング)は、現代社会の課題解決、科学技術の発展、そして産業競争力の強化に不可欠な基盤インフラとなっている。中でも急速に普及が進むAI(人工知能)の運用に不可欠なものとして、世界的に市場が大きく拡大している。ある調査(*1)によると、HPC市場は2024年から2029年にかけて年平均成長率(CAGR)26.3%で成長し、1120億3540万ドル(約18兆円)に増加すると予測されている。

*1: High-Performance Computing (HPC) For AI Market Growth Analysis – Size and Forecast 2025-2029 | Technavio | Technavio

世界で運用されるスーパーコンピュータ(スパコン)の数も増え、活用も広がっている。例えば、「富岳」は1秒間に約44京回という計算能力を持ち、高精度な気象シミュレーションで台風を予測したり、ゲリラ豪雨をリアルタイムで予測したり、最近では冬季オリンピックに出場するスキージャンプ日本代表の動きを解析し、最適な飛び方をアドバイスするといったことにも使われている。

ますます需要が拡大するHPCの最新研究成果や技術、アイデアを交換する場が求められており、アジア・太平洋地域(APAC)では1990年代から開催されている国際会議「HPC Asia(The International Conference on High Performance Computing in Asia-Pacific Region)」がその一つとなっている。また、学術会議とあわせて民間企業や研究機関が最新技術を展示し、さまざまな角度からHPC市場の情報共有を支援する場として「SCA(SupercomputingAsia)」が2018年からオーストラリア、シンガポール、タイ、日本のHPCセンターの共同で毎年開催されている。

そして今年は、その2つの国際会議を合わせた「SCA/HPCAsia 2026」が日本で初めて開催された。1月26日から29日の4日間、会場の大阪府立国際会議場(グランキューブ大阪)には世界45か国から2,555名が参加し、102のスポンサー企業・研究機関による展示も行われるなど、かつてない規模となり、この分野がいかに注目を集めているかがうかがえた。

ハイパフォーマンスコンピューティングをテーマにした2つの国際会議が日本で初めて合同で開催された

富岳の総責任者である理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長が実行委員長を務めた

HPCを取り巻く議論すべき社会課題を提案

「SCA/HPCAsia 2026」では、HPC、AI、量子コンピューティング(QC)分野を代表する6名のスピーカーによる基調講演をはじめ、論文投稿、ポスター展示、ワークショップ、チュートリアル、招待セッションなど、全体のプログラム数はSCAでは過去最多となった。内容も開発研究に伴う技術面だけでなく、HPCの運用が環境や社会にもたらす影響といったところまで話題が取り上げられていた。

「Big Question for HPC-AI(HPC-AIに関する重要な問い)」というテーマのセッションでは、HPCとAIが直面する変革と将来について、幅広い業界のオピニオンリーダーが3人ずつパネリストとして参加し、8分ごとに1人ずつ交代しながら、聴衆の希望者が議論に加わるというユニークなスタイルで議論が交わされていた。

1つの話題について全員で議論するというよりは、参加者から出されたさまざまな問題提起に対してコメントすることで内容を深め、その場で結論を出すのではなく、各自が気になる提案を持ち帰って、それぞれの議論につなげることを目的としているようであった。AIを開発する人材をどのように育成するかといった悩みから、生成AIを中心とする現在のAI活用は本当に必要なのかといった本質的な意見まであり、AIを取り巻く課題が多岐にわたることが伝わってきた。

発表者が次々に代わるセッションではこれから議論すべきAIに関する様々な課題が提案された

人を超えるAIが科学技術を進化させる次代がやってくる

AIについては、AI研究のパイオニアの一人であるソニーコンピュータサイエンス研究所の北野宏明氏が「AI as a Scientist(科学者としてのAI)」というタイトルで基調講演を行った。

AIをテーマにした基調講演にソニーコンピューターサイエンス研究所 代表取締役社長の北野 宏明氏が登壇

北野氏は2050年までに、ノーベル医学生理学賞を受賞できるような発見を実現するAIの開発に挑む「Nobel Turing Challenge」を提唱している。ノーベル賞は人間にしか与えられないことから、受賞に値する成果を生み出すには、人と人工知能を見分けるチューリングテストをクリアできる性能を持つことになり、それによって科学を進化させることにつながるという。

そもそも、1年間に世界で発表される自然科学系の学術論文は200万件を超えており、すべてを読み切るには莫大な時間と労力が必要とされている。また、早く成果を出そうとして、一部の可能性がありそうな分野に研究が集中するという問題も生じており、本当の意味で科学を発展させるにはAIの手助けが不可欠だと考えられる。

現在のAIにはハルシネーションやバイアスといった問題がまだあるが、考える力に関しては人間を超えており、人が得意とする仮説やアイデアを立てるといったことも、自律して行うAIが開発されている。AIは、人が見落としたり時間の都合で見送ったりする仮説も淡々と検証し、高速に繰り返し考えられる。Googleが開発したAlphaGoが人間の棋士に勝てたのは、莫大な数の棋譜をすべて解析することで、今までにない打ち方を発見できたためであり、科学の分野でもそうした発見ができる可能性がある。

北野氏は、これまで科学の世界で求められていた「正しい問いを立てる」という方法が、HPCによって「あらゆる問いを立て、検証する」という方法に変わるのではないかと話す。具体的には「The Warp Drive for Scientific Discovery(科学的発見のためのワープ・ドライブ)」という、科学的な発見に数十年かかる時間を数か月に短縮するエンジンを構築し、AIを科学者にすることで、より早く社会に役立てられるようにすることを目指している。

未知の科学を発見するAIの開発が始まっている

量子コンピュータからサーバー冷却技術まで広がる参入

展示会場ではHPCの開発を手掛けるNVIDIA、AMD、Intel、Armがそろって出展しており、HP、GIGABYTE、Lenovo、ASUS、NECといったよく知られるコンピュータメーカー以外にも、ソフトウェア開発やシステム構築、運用サービスに関わる国内外メーカーのブースが数多く並び、HPC市場を取り巻く状況が見えてくる。

大手からスタートアップまでたくさんのブースが並んでいた

AWSやGoogle Cloud、GMOインターネットなどのネットワーク関連企業のブースもあり、中でもさくらインターネットの生成AI・GPUサービス「高火力」は、デジタル庁のガバメントクラウドの要件を満たす国産クラウド基盤として認定されていることもあってか、会場での注目度は高かった。

さくらインターネットのブースにはいつも人だかりができていた

量子コンピュータ関連では、開発企業として世界でもトップを誇るIBMが、新型の「IBM Quantum System Two」のモデルを展示。米国外では初めて、日本で富岳と直接接続して稼働している。その富岳を開発する富士通も、量子コンピュータのモデルを展示していた。

IBMは最新の量子コンピュータを富岳と連動して稼働している

富士通も量子コンピュータのモデルを展示していた

量子コンピュータの研究開発では世界トップクラスの米国企業Quantinuum(クオンティニュアム)や、超伝導技術を用いた量子コンピュータを開発・製造するフィンランドのスタートアップIQM Quantum Computersが出展。いずれも日本市場への参入を進めており、社会実装を加速しようとしている。

フィンランドのIQMをはじめ海外の量子コンピュータ企業が日本への参入を進めている

HPC市場では現在、データセンターやサーバーの運用に不可欠なエネルギーを効率化し、熱やCO2の排出をどう削減するかが大きな課題になっている。環境保護や温暖化対策を求める規制が世界で強化されており、日本では2023年4月に改正省エネ法が施行され、一定規模以上のデータセンター事業者にはエネルギー使用量の報告が義務付けられている。2029年度以降に新設される施設は、目標とされる省エネ基準を達成しない場合、罰則が適用される。

日本はエネルギー管理や省エネを得意としており、会場では三菱重工や富士通が運用モデルを出展。コアマイクロシステムズは、導入設置工事が不要なコンテナ型のAI・HPCデータセンターを開発しており、冷却技術にも優れているという。

環境に配慮したサーバーの運用技術が求められている

サーバーを冷やす技術では、空冷や水冷に加えて、専用の油を使う液浸冷却も登場しており、ENEOSは日本の消防法にあわせて開発されたサーバー液浸冷却液と、それを使用した小型デモ機を展示していた。

ENEOSはサーバーを冷やす専用の油を開発している

HPC市場では、成長とともに増えるさまざまな課題を解決するアイデアが必要とされており、スタートアップを中心にこれからもいろいろな動きがあるとみられている。今年6月にドイツのハンブルクで開催される世界規模の国際会議「ISC 2026」では、持続可能性や次世代の労働力といった社会課題がテーマとなり、世界から多くの関係者が参加して議論する予定であり、こうした場での発表にも注目していきたい。

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