毎年3月に米国テキサス州オースティンで開催される「SXSW(サウスバイサウスウエスト)」は、音楽(Music)・映画(Film)・インタラクティブ(Interactive)の3分野がクロスするユニークなスタイルの国際イベントとして世界中から注目を集めています。今年3年ぶりにハイブリッド形式で開催されSXSWでは何が話題になったのか。その内容を紹介します。
SXSWはインディーズ音楽の分野で活動するミュージシャンを支援するフェスティバルとして1987年にはじまりました。その後、映画とデジタルやテクノロジー関連をテーマにしたインタラクティブが追加され、さらに教育、ゲーム、コメディなど新たにジャンルを増やしながら成長を続けています。正式名称である「SXSW Conference & Festivals」からもわかるように、カンファレンスとフェスティバルが一体となった独自のスタイルは世界中から注目され、日本でも「078(神戸)」、「No Maps(札幌)」、「明星和楽(福岡)」などSXSWをモデルにしたイベントが開催されています。
10日間の会期中は、コンベンションセンターをはじめホテルや店舗、広場から路上まで街全体が会場になり、世界中から多くの人たちが訪れます。オースティンのダウンタウンには6thストリートを中心にライブハウスが270軒以上あり(2019年当時)、一日中どこかでライブパフォーマンスが繰り広げられます。街中を会場にした「SXSW ART PROGRAM」は、ロボットやデジタル技術を使ったユニークなアート作品がたくさん展示され、SXSWに関係なく街の人たちが一緒に楽しめる企画になっていました。
SXSWの開催期間中はダウンタウン全体が会場になる。
2022年のSXSWは全体を、Festivals・Conference・Exhibitions・Awardsという4つのパートに分け、それぞれのジャンルにあわせたプログラムが行われました。例えばMusicのジャンルでは、ミュージシャンによるライブ以外に、著名なアーティストが登壇するカンファレンス、音楽業界の話題をテーマに議論を交わすセッションなどが行われます。Filmでは試写会やトークイベントがあちこちで行われ、今年はサンドラ・ブロック、ダニエル・ラドクリフ、ニコラス・ケイジなどハリウッドで活躍する有名人たちがたくさん会場に集まり、イベントを盛り上げていました。
毎日1人の著名人が登壇する基調講演や注目のスピーカーが登壇するカンファレンスは、音楽、映画、テクノロジーの分野からたくさんの人たちが集まります。
日本でも知られる著名人では、任天堂のアメリカでの成功を導いた元社長のレジナルド・フィサメィ氏、サイバーパンク小説「スノウクラッシュ」の著者ニール・スティーヴンスン氏、そしてFacebookから名称を変えたMetaのマーク・ザッカーバーグCEOがオンラインで登壇しました。毎年無料で公開され、日本語でも翻訳されている「Tech Trend Report」の概要を紹介するエイミー・ウェブの人気のセッション「Amy Webb Launches 2022 Emerging Tech Trend Report」など、一部のプログラムはSXSWのYouTubeチャンネルに無料公開されています。
任天堂アメリカ元社長のレジナルド・フィサメィ氏
SXSWのカンファレンスは華やかな話題だけでなく、社会問題について取り上げられることが多いという特徴があります。今年はFacebookが子どもたちに与えている影響を問題視して内部告発したフランシス・ハウゲン氏や、SNS上のフェイクニュースがもたらす危険性を指摘した米国医務総監のビベク・マーシー博士、ノーベル平和賞を受賞したマリア・レッサ氏らが登壇。コロナによって加速したネット社会をより良くするための課題は何なのか、いろいろな角度から議論が交わされていました。
Facebookを内部告発したフランシス・ハウゲン氏
カンファレンス全体では、テクノロジーやデザイン、カルチャーから広告、気候変動まで幅広いジャンルにわたる15のトラックがあり、全体でそれぞれ100近いセッションが会場で行われます。さらに、XRやスポーツや金融、働き方改革などと9つのテーマを取り上げたサミットも同時に開催され、専門的な技術について学べる機会も用意されています。ここ数年はSDGsに関する話題が多く、様々な差別や貧困、そしてウクライナでの戦争といった世界で起きているありとあらゆる問題がテーマに取り上げられます。
どこでどんなプログラムがあるのか主催者も全てを把握できないほどたくさんあるため、お目当ての話題を探し出すだけでも大変ですが、内容はどれも刺激的で、世界からたくさんの人たちを引き寄せています。
SXSWでは展示会もあり、先端テクノロジーやサービスなどに関連する出展が集まる「Creative Industries Expo」は、新しいビジネスチャンスを見つけようとする企業や、各国が支援するスタートアップを集めたブースが集まっています。今年は全体的にNFT・Web3・メタバースの3つのキーワードにした展示やサービスが多く見られましたが、具体的なビジネスを展開しているところはまだ少なかったようです。
「Creative Industries Expo」会場
そうした中で日本から初出展した「ZOZO NEXT」は会場内で最も大きなブースを出展し、アバターを生成するサイネージやスマートテキスタイルなど、ファッションテックに関する展示で話題を集めていました。
ZOZO NEXTのブース
もう一つの食や健康に関する商品やサービスを集めた展示会「Wellness Expo」は、フードテック・ヘルステック・エコロジーに着目し、ノンアルコールのスピリッツを発売する英国スタートアップの「Seedlip」が会場をスポンサードしています。入場は無料で週末のみ開催され、ヨガイベントなども行われていました。
フードテックやヘルスケアをテーマにした展示会「Wellness Expo」
また、SXSWでは以前からVRやARのコンテンツを手掛けるクリエイターの支援に力を入れており、VR技術を取り入れた作品の中でもストーリー性の高いコンテンツを紹介する展示会「XR EXPERIENCE」では、多くの人たちが集まっていました。そのXR EXPERIENCE はバーチャル空間でも開催され、オースティンの街をそのまま再現した空間の中で個性的なアバターを纏った参加者たちがVRChatなどを使って参加し、新しいコミュニケーションの形やエンターテイメントを体験していました。
映画やドラマのようなストーリー性の高い作品を紹介する「XR EXPERIENCE」
SXSW会場をデジタルツインで体験する「XR Experience World」
SXSWは世界を変革するイノベーションを想像するスタートアップやビジネス、組織の活動を支援するためのコンテストも行っています。世界の注目すべきスタートアップを表彰する「SXSW Pitch」では、賞金と資金援助を求める45の企業が、Artificial Intelligence Robotics & Voice、Enterprise & Smart Dataなど9部門で優勝を競い合いました。ファイナリストに選ばれると各業界の専門家や投資家からアドバイスを受けられる特典が得られる本コンテストは、年々世界から応募者が増え、レベルが上がっています。
といっても高度なテクノロジーを持つ企業ばかりが選ばれているのではなく、ECサイトの商品在庫をAIで管理したり、刑事裁判の時間を短縮したり、高い技術で履き心地が高められたシューズを3Dプリンターで製造できるなど、日常の中にある課題をクリア的な不便さを解決することで、多くの人たちの生活を快適にするアイデアが優秀賞に選ばれています。
Enterprise & Smart Data部門で優勝したECサイトの商品在庫をAIで管理する「Syrup」
Smart Cities, Transportation & Logistics部門で優勝した「JusticeText」は裁判に必要な手続きを削減する。
Innovative World Technologies部門で優勝した「Hilos」は職人技を3Dプリンターで再現する。
AI、ロボティクス、ウェアラブルなどのテクノロジー関連に加え、音楽オーディオ、デザイン、メディアなど13部門で革新性を競う「Innovation Awards」は、60以上のファイナリスが選ばれ、その中から最優秀賞にメキシコのスタートアップ「STRAP TECHNOLOGIES」が選ばれました。まだ20代になったばかりのディエゴ・ロエルCEOは、自動運転技術に使われているLiDARなどを用いて、視覚障害者を誘導するウェアラブルデバイス「ARA」を開発し、2022年の春から販売を開始します。
STRAP TECHNOLOGIESの視覚障害者向けウェアラブルデバイス「ARA」
Innovation Awards では社会課題の解決に取り組む人物や組織も表彰され、特別賞に COVID-19による貧困問題の取り組みとしてアフリカのトーゴ政府が実施した非接触型直接決済プログラムが選ばれました。このプログラムは衛星画像と携帯電話のメタデータを機械学習させることで、極度な貧困状態にある人たちを特定して支援する、新しい形の金融システムとしても注目されています。
トーゴ政府のデジタル技術を活用した貧困支援がInnovation Awardsの特別賞に選ばれた。
もう一つSXSWのコンテストがユニークな点は、企業や政府と一緒に学生も表彰されるところにあります。今年のStudent Innovation部門では、ボストンのマサチューセッツ工科大学(MIT)のメディアラボが開発する、「Tapis Magique」と名付けられた、スマート絨毯が受賞しました。カーペットの上で踊ると埋め込まれた3次元センサーが身体の動きにあわせて音楽を流す仕組みになっていて、新しい形のミュージカルを演出できることから、Music & Audio Innovation部門のファイナリストにも選ばれています。
MITメディアラボの「Tapis Magique」
SXSWは他のビジネスイベントに比べて参加者の層が幅広く、新しいアイデアを探している投資家がたくさん参加していることでも知られています。SXSWで参加者同士が情報交換するために作られたTwitterが参加していた投資家の目に留まり、今の成長につながったという話もあります。参加費はハイブリッドでも300ドル以上と高額ですが学生割引もあり、英語に自身があれば現地でボランティアとして参加することもできます。また、コンテストやカンファレンスは一般参加も受け付けていますので、自分のアイデアを世界に発信する機会にチャレンジしてみるのもいいかもしれません。
SXSW 2022<https://www.sxsw.com/>
写真提供:SXSW